新井みりんによる神坂一作品の個人ファンサイト。

蝶々結び

「……でさー、俺がお宝を──」
 昼下がりのカフェ。ハートを無意味に撒き散らしつつ饒舌に語る男と、男を完璧に無視しつつ紅茶を飲む女。
 恋人同士に見えないこともないが──それにしても一方通行である。
 カチャカチャ
 砂糖を入れられ、ほんの少し柔らかな香りのする紅茶をゆるやかに混ぜるその女は、ごく一般的な女性の服装とは違った。
 長い銀髪をポニーテールに纏め、革のショルダーガード、それに腰に細剣を下げている。男も似たような服装で、軽装鎧にやはり腰に長剣を下げている。
「そこでさっと身をかわして罠を──」
 相も変わらずべらべらと話をする男に初めて女は目線を合わせた。
「──ルーク、行きましょう」
 言って女は銀貨をテーブルに置くと、服についたシワを取り払うような仕草をして立ち上がった。
 一瞬話かけてもらえた余韻に浸っていた男も、急いで立ち上がる。するとイスとテーブルの両方にぶつかったのかガタタン、と騒がしい音を立てた。
「おう! もう少しゆっくりしなくていいのか?
 ──もし急に腹が痛くなったりしたら言えばすぐ俺が」
「なりません。ゆっくり休みましたから十分です」
「そんなところも可憐だ愛しのミリーナぁぁ!」
「馬鹿なことを言ってないで、早く宿を探さないと日が暮れたら困ります」
 公然と恥ずかしいことを叫ぶ男──ルークをばっさりと斬り捨てつつ、ミリーナはさっさと歩き始めた。
「そんな冷たいミリーナも素敵だぁぁぁ!」
 ……もはや救いようもなく末期である。

「……ちっ、それにしても荒れ果てた町だな」
 ミリーナの数歩後ろを頭の後ろに手を組んだ状態で歩いていたルークが悪態をついた。
「そうね。これだけ大きな通りなら、人の一人や二人見てもおかしくないはずなのに」
 いつもならここでルークが飛び跳ねて喜びそうであるが、そうではなかった。
「ああ……気配はそこここにありやがるのに姿を見せやしねぇ。気色悪ぃやつらだ」
「──気色悪いだぁ?」
 ルークが“わざと”選んだ挑発の言葉に触発され、数人の大柄な男がぞろぞろと出てくる。
「へっ、でかい口たたきやがって。後悔すんなよ」
「──おう、一人じゃ何もできねぇようなやつらが」
「ルーク」
 少し咎めるような口調でミリーナがルークをたしなめた。ミリーナの正面では夕日が沈もうとしていたのだ。
「……そうだなミリーナ。こんな雑魚を相手にしたって時間の無駄だ」
「──ンだとぉ!?」

「やめておけ」
 今まで大柄な男たちの影に隠れていて見えなかったが、やや小柄で細身な男が制した。
 もう襲って来ないと気配で感じ取ると、ミリーナはルークを連れてまた歩き始める。
 ──ミリーナの髪が夕日を照り返して彼女の嫌う紅に染まっていたのを、美しいと思いながらもルークはぼんやり眺めていた。

「──で、この魔道書を解読すると、この町の少し先にある洞窟にお宝があるそうなんだ」
 夜の帳が完全に降りた頃、二人はなんとか見つけた宿で明日の打ち合わせを初めていた。
「……どんな物があるの?」
「えーと……ボ……ぼる、ボルウォンとかいう古の魔法道具で、ただの石ころをオリハルコンに代える力があったらしい」
「──オリハルコン」
 魔道を少しでもかじっているならば聞いたことがあるだろうその単語に、ミリーナは宝探し屋として多少なりと魅力を感じたようだ。
 そりゃあそうだろう、金よりもずっと希少で価値のあるオリハルコンをただの石ころから精製することができるのだ。
 金儲けにはなるし、オリハルコンはいい研究材料になる。まさに一石二鳥といったところだろう。

「──こりゃあ明日は早く出て洞窟を捜索だな!」
「ええ──じゃあ、また明日」
 バタン
 ミリーナが出て行ったドアを見つめてルークは大きなため息をついた。
「はあ……ミリーナ、いつになったら俺に振り向いてくれるんだ……」
 女の心男知らず、といったところか。ミリーナは一言も拒絶はしていないのに。
 どうにももどかしい二人である。

「おはよう愛しのミリーナぁぁぁ!!」
「……おはようルーク」
 まだ眠気が醒めきっていなかったのに、朝も早くから大音量で叫ばれた愛の言葉をほんのちょっぴり疎ましく思いながらも、ミリーナはいまいちしっとりしないパンにリンゴのジャムを塗りながら挨拶を返した。
「──今日のうちにさっさと見つけてパーっと酒でも飲みに行きたいぜ」
 ふわわ、とひとつ大あくびをしながら思いっきり伸びをした。
 知っているのかいないのか、後頭部にずいぶんと大胆な寝癖がついている……もしかしたら、直しても直らなかったのかもしれない。

「……それで、その“目的地”はどの辺なの?」
「ああ、ここから北東にしばらく行った所だ……が、その前に片付けなきゃいけねぇな」
 ルークがくるりと視線を泳がせるが、やはり昨日と同じく姿は見えない。
「構うだけ時間の無駄よ。さっさと町を出た方がいいわ」

 ジャリ……
 ……来た。
 ミリーナは音と気配のする左後方を目だけを動かしてちらりと確認した。人数は七人、昨日の小柄なリーダー格の男とその他はやはり体格の良い男たち。
「──昨日は私の部下たちが粗相をしたようで」
 にやりと嫌な笑いを浮かべながら細身男が話しかけてきた。
「いいえ、何もされていませんから」
 心なしか、ミリーナが歩く速さをあげた。まあそれもほんの少しではあったが。
「……すぐそこに我がシェルトリウス邸があるのですが、一緒にお茶でも……」
「ミリーナは忙しいんだ。テメェとなんざ一緒にお茶してる時間はこれっぽっちもねぇな」
「──君のような下品な男には聞いていないのだよ。
 それより、ミリーナというのですか。美しい名をお持ちのようで。こんな下郎は放っておいて、私と一緒に──」
「──きゃ!?」
 言って細身男はミリーナの左腕を掴んだ。
 ──急なことにミリーナはよろけてしまい、後ろに倒れる──はずだったが、そこはルークがきっちりと受け止めた。
「……テメェ……ミリーナが嫌がってたのに気づかねぇで、あまつさえ転びそうになったじゃねぇか!」
「ルーク! 私はいいから……」
「いいや、絶対許さねぇ!」
「──フッ、この人数に勝てると思っているんですか?」
 キレたルークは止められない、対する細身男は余裕しゃくしゃくだ。
 ……愚かもの。

 当たり前だが、数分と経たずに勝負はついた。一応一般人が相手なので魔法は使わないが、まず最初の一人の顎にアッパーを叩き込み、次にかかってきた二人を回し蹴りとその遠心力を利用して長剣の鞘で叩き伏せた。
 するとあとは蜘蛛の子を散らすように大男たちは逃げて行った。

「残ったのはテメェだけか……ぁあ?」
「──ヒィ! ああぁ、あう。あうあああ!」
 完全に腰を抜かし、動けないでいる細身男にルークが歩み寄ると、男はあまりの恐怖で失禁した。
「みっともねぇな」
 ルークは正面から見下した状態でさらに右足を踏み出した。

 ──投げ出された右足の脛めがけて。
「ルーク!!」
「──ひぎゃああああああああ!」
 男は脛を蹴られる痛みに悲鳴をあげた──ように見えたが、男は完全に骨を折られていた。
「──あああ! あ、ああ足が!! 私のあしあし足がああぁぁぁ!」

「…………」
 ルークはそのなんとも滑稽な姿をただ眺めていた。
 ……ミリーナに手を出そうとしやがるからだ…………ミリーナ?
 ルークはハッと我に返った。
 そしてミリーナを振り返ろうとして……止めた。
 怖かったのだ。ミリーナに侮蔑の眼差しで見られるのが。
「……行こう」
「ええ……」
 先に声をかけたのも、ルークだった。

 ……俺の醜い部分……必死に隠してたのにな……
 町を出て山へ入ってから、ずっとルークは思い詰めていた。
 いつも必ずミリーナの後を付いて歩くルークが、道案内をしなければならないということも手伝って珍しくミリーナの先を歩いていた。
「──ルーク」
 ビクッ
 ミリーナから見てもはっきり解るくらいにルークの肩が震えた。
「……どうしたんだミリーナ?」
 口調だけはいつものルークだ。だが町からずっと目を合わせようとしないことにミリーナは気づいていた。
「……ありがとう」
「──えっ!?」
 ルークは思わずミリーナを見た。
 侮蔑の眼差しではない──感謝の眼差しでもなかったが。ルークにはそれで十分だった、いや、十分すぎるほどだった。
「……でも、やりすぎよ」
「ああ、分かってる」
 ルークは身体のどこかが急に軽くなったのを感じた。

 しばらくして二人の視界が、ぽっかりと夜のような闇をたたえた空間をとらえた。
「──あそこね」
「そうみてぇだ」

「──明かりよ」
 ミリーナが自身の細剣の先に点けた“明かり”の光によって、暗闇が照らされる。
 キィキィ
 光に驚いたのか、それとも光を嫌うのか不気味な生物が暗闇の中へと逃げていく。
 ひんやりとした空気とじっとりとした土、洞窟特有の土地が持つ気配と雰囲気。
 ここ最近で人間どころか獣が出入りした様子もない。
「……当たり、か?」
「もしかしたら、ね」
 宝探し屋というのをしていると、すでに回収された宝の情報やガセネタを掴んでしまうことが多々ある──しかし、逆に回収されていない宝を見分ける目安もある。
 それがこの宝のような大物だ。これだけの素晴らしいお宝の発見があれば、魔道士協会、もしくはその筋の裏市場や金持ちの間で絶対に話題になる。
 それがないということ、それはまだ回収されていないお宝だということとイコールなのだ。
 ……まあ、それだけリスクがあったり危険なお宝である可能性も高いが。

 しばらく一本道を歩いていると、大きな緑色の扉が現れた。
 扉にヒカリゴケのエキスでも入っているのか、不気味にぼんやりと発光している。
「……魔術による封印よ」
「ま、それは簡単だわな」
 ブツブツブツ……
 バチンッ
「──ッ!?」
 ぐちゃ
「げえっ……うえ」
 今一体何があったのか、ルークにはよくわからなかったが、ミリーナには見えた。
 今ルークが魔術による封印を解除しようとした瞬間、まるで空間がはじけるように膨らみ、ルークを吹き飛ばして洞窟のじとじとした土の上に尻餅をつかせたのだ。

「チッ……胸クソ悪ぃ」
「何で封印を解除できないのかしら……?
 まるで封印が解除されることを拒絶しているみたい」
「──ンなわけがあるか! ちくしょう、もう一回だ!!」

 パアンッ
「……ぐえっ」
「……じゃあ今度は私が」
「いや、愛しのミリーナをこんなベチャベチャした地面にはいつくばらせるわけにはいかねぇ!」
「……そう」
「──うわあっ」

 ……まだルークの無謀ともいえる挑戦は続く……

 ……もう何度解除を試みただろうか。数十回までとは言わないが、十回はもうすでに超えている。
 もはやルークの服──特にお尻の部分は──初めからその模様だったように馴染んでいる。
「…………くそー!! 何で解除できねぇんだ!」
 どんだんだん
 ついに扉を実力で開けようとするルーク。単なる八つ当たりかもしれないが。
「……ルーク、大人げないわ」
「でもミリーナ!」
 ルークの言葉をさらりと流して、ミリーナはもう聞き飽きたような呪文を唱えた。
「……解除」
 きいぃ
 今まで頑固に侵入を拒み続けた扉は、いとも簡単に道を譲った。
「…………」
「開いたわ」
 ルークは不満そうに普段から悪い目つきをさらに険悪に歪ませた。
「……でもさすがミリーナだな!」
 なんだか腑に落ちない納得の仕方だったが、ミリーナはいつものことだと息を吐いた。
「行きましょうか」
「──おうっ!!」

 手やら肘やらお尻やらを土まみれの真っ黒にした男と銀髪の女は扉の先へと進んで行く──
 二人がはるか先へと進んで行ったころ、扉はくすんだ金属へと変質し再び道を閉ざした。
「……思ったよりも中は広いわね」
 ミリーナがそういうのも無理はない、二人は既に二時間ほど歩いていた。もう何度目かだが……ホールのように作ってある少し開けた場所にたどり着いた。
「ミリーナ、足は疲れてないか? 少し休んでいこうぜ」
 お宝の気配すらもない状況でただただ歩くのに疲れてしまったのだろう。ルークが適当に座り込んだ。
「──そうね、少し休憩しましょう」
 言うとミリーナはルークの斜め前に座り、何かを考えているようだった。
「……どうした? ミリーナ」
 心底心配そうに声をかけるルーク。この優しさをほかの人に一欠片でも与えられるといいのだが。
「──さっきから気になっているんだけど、このホールのような場所に女性の像があるのはなぜかしら?」
 言われてみればそうだ。先程から何度かホールに来ると女性像が何体か置いてある。
 ──それも裸婦等ではなく、旅人や剣士、魔道士風の女性像が。
「……まさか、そんな訳はないと思うぜ」
「でも──」
 ぐわしゃああああん!
 二人共はじかれたようにそちらを見やった。
 このホールの……すぐ奥の通路。
「……どうする、ミリーナ」
「行くわ」
 こういう時、ルークは判断をミリーナに任せることにしている。
 ──息を潜めて通路の手前、両側にルークとミリーナが様子を伺う。
「あははっ♪ もっと遊ぼうよぉ」
「──ガキ!?」
「アハッ、新しいママが来たみたい♪」
「違うわ──!」
 見た目は……十才に満たないくらいの女の子に見える。可愛らしいエプロンドレスに身を包み、スキップしているが──
 ──首が、ありえない角度でこちらに向いた!──
「遊ぼう♪ ねぇ遊ぼう♪ 遊ぼう遊ぼう遊ぼう♪ 遊ぼう遊ぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼう」
 目が──無い、そこにあるのは暗闇。口は不自然につり上がり、頬の中ほどまである。
「……魔族だとっ!?」
「来るわっ、ルーク!」
 ゴッ
 目にも止まらぬ速さでそれは駆け──いや、疾走した。
 通路の向こうにいたその少女……いや、魔族は、一瞬にしてホールの中にやってきた。
「遊ぼうっ♪」
「──螺光衝霊弾!」
 バシュウッ
 ミリーナの放った呪文が魔族に直撃する──
「やったか!?──」
「ママ?」
「ダメよ!」
 ──なら、選択肢は一つ!
「逃げるぞっミリーナ!」
「了解!!」
 二人でありったけの精霊魔法を目くらましに叩き込み、少女魔族がやってきた通路の奥へ逃げる──
「……鬼ごっこするのね? わかったぁ♪」

「捕まえたら…………ママ、殺しちゃうよ♪」
 数字を数えながら、少女魔族はホール内をスキップしていた……
「はっはっ……何なんだッ、一体あいつは!」
「こんなところに純魔族──?」
 石をオリハルコンに変えるというマジックアイテム、女性の姿をした石像、女にしか開けられない扉。
「多分──罠ね」
「しかし、どうしてこんな中に?」
「封印されていたんじゃないかしら」

「……封印?」
「あの魔族は明らかに私を狙っていた、恐らく、あの魔族はきっと女性を狙うのよ。だから旅の戦士や魔道士がここに誘い込まれるような罠を仕掛けた。そして──あわよくば、あの魔族を退治してくれるように」
「チッ……なんてことだ、ガセネタもガセネタ。最低だぜっ」
 苦々しげにルークは漏らした。
「……すまねえ……ミリーナ、俺のせいで……!」
 ルークはミリーナに頭を下げた。
「大丈夫よ、ルーク。
 ──今私たちがやるべきことは……」
「あの魔族を……倒す!」

「──見ぃーつけたっ♪」
 ぎちぃっ
「あうっ!?」
 またその少女魔族は、目にも止まらぬ疾さで詰めより、ミリーナの脇腹を裂いた。
「ママ♪ もっと楽しませてよ、でないと──殺しちゃうよ!」
 やはり少女魔族はルークには目もくれず、ミリーナを責め立てる。
「──魔王剣!」
 グルギィアアアアアア
 ルークを無視し続けた少女魔族は、ルークの一刀のもとに滅びた……
「──つぅ……、それにしても、女性しか目に入っていないなんて、変わった魔族だったわね」
「ああ、だけど、大丈夫か? ミリーナ」
 手傷を負い、膝を落としたミリーナの横でオロオロしながらルークが言った。
「──ええ、なんとか平気よ……街へ戻りましょう」
 多少よろけつつも、ミリーナとルークは洞窟を後にした……


to be continued...


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いつかはやってみたい企画

仲良しメンバーで集まって、スレイヤーズカラオケやってみたい。
でもスレイヤーズ以外も歌いたいから結局アニソンカラオケ。