呪い
〜宿屋で〜
真夏ののどかな昼下がり。
ソレは突然ふりかかってきた──
「おいリナー……出発しないのか?」
「今日はパスね……こんなに暑いんじゃ次の町に着く前に倒れちゃうわ」
旅支度を整えたガウリイを無理矢理部屋へと押し戻し、あたしは一心に呪文を唱える。
──弱冷気の呪文である。
「……こんにちわ」
このくそ暑いのに汗ひとつかかず、涼しげな顔でゼロスが現れた。
攻撃呪文を唱えかけたが、別に殺意はないようなのでまた弱冷気の呪文を唱えてからあたしは疲れたように言った。
「なんの──」
「──こんな用ですよ」
目の前が光ったと思ったら、あたしの記憶はそこで一旦途切れる。
「──はっ!?」
がばっと起き上がると、あたしはひんやりとした部屋のベッドに寝ていた。
一瞬夢かと思ったが、テーブルに置かれていた手紙が夢でないことを証明していた。
手紙には、見たことのない筆跡でこう書かれていた──
──ちょっとおもしろそうな呪いを見つけたので、さっそくかけてみました──
……名前はないが、間違いなくゼロスだった。
「呪い……?」
誰に言うでもなくぽつりとつぶやくと、あたしは隣の部屋にいるであろうガウリイを呼んだ。
〜謎の効果〜
「──ゼロスに呪いをかけられた!?」
ひんやり涼しいあたしの部屋に入ってきたガウリイは暑苦しいくらいの大声を張り上げた。
「んー、効果はまだわかんないんだけどね……ひとまず明日、イリエンタウンへ行くわ」
あたしはベッドに突っ伏したまま唸った。
「その町に何かあるのか?」
「……言っても明日には忘れてる気がするのは、あたしだけかしら」
「………………」
「まあいいわ。イリエンタウンにはね、魔道士協会の支部があるのよ。そこのメッセージセンターで専門家に聞こうと思って」
「ふーん。そうなのかぁ」
……話理解できたのかしら……?
「──ところでな、リナ」
いつもどこかぼんやりしたガウリイがいきなしあたしの目をはたと見つめ、真剣に話しかけるもんだから、あたしは焦った。
「なっななななによガウリイ。いきなり改まって!」
「…………あのな」
「──っはいぃ!」
あまりにも真剣なガウリイに声が裏返る。
「──胸減ってないか?」
どかっぼすっ
ドーヨーしまくってしまったあたしがバカみたいじゃないっ!
気の済むまでガウリイをしばき倒した後で、ガウリイの言い訳を聞いてやることにした。
「……最期に言い残すことはあるかしら」
あたしが肩をいからせてそういうと、身体のあちらこちらをさすりながらガウリイはむっくりと起き上がった。
「いてて……だからリナが小さくなってるんだよ!」
「まだいうか──ってあたしが小さく?」
あたしは思わず振り上げたスリッパを下ろした。
「ああ……お前さんは気付かないかもしれないが、明らかにいつもより小さいぞ」
どっこらせ、といいながらガウリイが立ち上がる。
言われてみれば確かに朝よりガウリイが大きく見える。
まさかこれが呪いの効果?
〜存在消滅の禁呪〜
「……まずいわね……」
腕組みをしながらあたしはつぶやいた。
「何がだ?」
「いや……あたしの知ってる呪いでひとつだけ同じような効果が出る呪いがあるのよ」
「ほお」
「大昔の女魔道士が永遠の若さと美貌を保つ方法はないか、と研究してできた呪いでね。
確かに若さを保つ方法はいくつかあるけど……それは高価かつ貴重で希少なマジックアイテムを湯水のごとく使うとか、魔族の力を借りるとか、かなりのリスクを背負うものなのよ。
それで魔法の力だけでなんとかできないかと開発されたのがこの呪い。
しばらく人々は彼女を天才と敬い、その力を求めたけれど、ある欠点がわかって呪いはすぐに禁呪とされたの」
ここまできて言葉を濁すあたしに、ガウリイは先を急がせた。
「……欠点?」
「ええ。それは──」
あたしは少しだけ間を置いて続けた。
「それは──その女魔道士が若返り続けたからよ」
「若返り……続けた?」
「そう、少しずつではあったけどね。
魔道士協会に残されている記録によれば、十年後には当時四十歳だった彼女は四歳になっていたらしいわ。
そして最期には──赤ん坊になって、消えてしまったの。
その後呪いの効果は、親や兄弟を襲い、彼女の存在を親の代から消してしまったそうよ」
そしてあたしは黙ってうつむいた。
「……なんと……」
それだけいうと、ガウリイも黙った。
そのままどれだけ過ぎたのか、窓から暮れかけた日があたしの顔を指すように照らし、そしてあたしは口を開いた。
「その呪いにしては若返るスピードが異常だし、違う可能性だってあるんだから。なんとかなるわよ」
──正直、ただの強がりだった。
〜縮む女〜
ほとんど眠れないまま朝を迎え、マントを羽織った時、あたしは愕然とした。
──マントが床に付くか付かないかという長さになっていた。確かに以前──ガウリイと出会ったばかりの頃──は地面につきそうなくらいであったので、そのくらいまで若返ってしまったことになる。
手袋もブーツもショルダーガードでも、昨日まではあたし用にあつらえたようにしっくりと馴染んでいたものがなぜか妙に落ち着かない。
少し縮んでちょうど郷里を旅立った頃……十五歳くらいだろうか。
確かにあたしは異常なペースで縮んでいた。
幸い魔力に変化がなかったため、できる限り『翔封界』で飛び、走った。あとは体力が数少ないとりえのガウリイがあたしをおんぶしていく形でなんとか昼過ぎにはイリエンタウンにたどり着いた。
〜専門家〜
町に入るなり魔道士協会にかけこみ、大きな円形のメッセージルームへと入った。
「……どなたと交信を行いますか?」
色落ちしたようなローブでやはりぱっとしない色のフードを目深にかぶった魔道士が落ち着いた声で話しかける。
「あ、えーとセイルーン・シティで魔法医をしているグレイさんをお願いします」
あたしには“呪いの専門家”に心あたりがあった。
今呼んでもらったグレイさんは違うが、城に出入りを許されている彼を介さなければ、その専門家を呼ぶことはできないだろうと思ったのだ。
「……では、少々お待ちください……」
いうとフードの魔道士は部屋の隅に立つと、なにやら瞑想を始めた。
「……なにやってんだ? あれ」
「あれは何らかの媒介を通して自分の姿を遠くに映し出す魔法よ。
──あれでセイルーンの魔道士協会に呼び出す人を連れてきてもらうの。その人が買い物してたり、旅に出てたりするとやたら長いから覚悟しといて」
「──どうしました? リナさん」
思っていたよりもずっと早くグレイさんはあたしの前に姿を現した。
……まあ姿を現したといっても、水晶やらなんやらを介しての擬似映像としてだが。
「ちょっと困ったことになっちゃってねー……アメリアか、それでなければ神官長連れてきて欲しいのよ」
「ほほう姫様に? あなた方ならいいでしょう。今頃は神殿で祈りの時間のはず、なるべく早く連れてきますから、待っていてくださいな」
単なるパシリとして使われたにもかかわらず、グレイさんは嫌な顔もせずにアメリアを呼んできてくれた。
水晶などの反射や魔法の効果によって召喚されたアメリアは神秘的な巫女の装束に身を包んでいた。
「──アメリア! あたしよ、あたしっ」
あたしが焦って言うと、アメリアは不審そうに顔をしかめた。
「……どちら様ですか?」
言ったアメリアの顔には警戒以外に何の感情も読み取れなかった。
「えっ──あたしだってばアメリア、まさかわかんないの!?」
「あたしではわかりません。名前をしっかり言ってください」
警戒した表情を崩さぬまま言うアメリアに、あたしはうろたえてしまった。
「え……ええ? まさかこれがゼロスの──」
「ぷっ、あははははは! ごめんごめん、今こーゆー詐欺が流行ってるからちょっとからかってみただけ♪」
〜リミット〜
「どこの世界の話だそりは!
……今度セイルーンに行ったら王宮に竜破斬ぶち込むんでよろしく」
半ば『冗談』で言ったあたしにアメリアは冷や汗たらして手をぶんぶん振って弁明した。
「じっじじ冗談だってば……で、ゼロスさんがどうのこうのってどうしたの?」
「いきなし本題に戻るわねー……昨日の昼頃ゼロスに変な呪いをかけられたのよ。効果は、今のところあたしの身体が縮んでる。なんかそんな呪いって聞いたことない?」
声をあげて驚きほどしなかったが、一瞬にしてアメリアの表情が硬くなった。
「うーん……有名な話だけど、昔、老いを止める研究をしていた魔道士が若返りし続ける邪法を開発したのくらいかしら。でも大昔の術だから解呪の方法までは……それに、もし屍肉呪法のような魔族特有の呪いだったら──わたしたち人間にはまったくわからないわ」
……やっぱりか……
「ごめんね、リナ。わたし役にたてなくて」
あたしはおおむね予想通りの答えに次の解決策を考えつつ、アメリアに礼を言った。
「……そっか、屍肉呪法みたいな魔族特有の呪いっていう可能性もあったんだ……」
悪くなるばかりの状況に嫌気がさしてきたとき──
「……大丈夫か?」
「あたしはいつだって元気よ」
あれからあたしの身体は驚異的なペースでさらに縮み、ガウリイと道を歩いていると親子と間違えられるほどに小さく、幼くなった。
これが本当の『保護者』というやつか……なんていう冗談はさておいて。
このペースだとおそらく……あと二日もてばいいほうだろう。
赤ん坊で話せるわけがないのだから、実際のリミットはあと一日といったところか。
「……あんまり我慢するな。オレの前だったら、弱い姿を見せたっていいじゃないか?」
「あたしは弱くなんかないわ。こんな呪いだって、自分で──!」
ずくんっ!
何かがあたしのなかで激しく脈動する。
「──なッ!?」
ガウリイが驚嘆の声をあげる。
かはっ……
息ができない。全身が粟立つような感覚にたまらず四つん這いになる。
ヒュウン
「そろそろですか?」
くすくすと笑いながらゼロスがいきなり現れた。
そしてあたしの身体にはざわざわと獣毛が生えてきていた。
〜復讐の時は今〜
「……ぐっ……う……ゼロ……スぅぅ……!」
あたしは苦しさをこらえつつ、ゼロスを思いっきりにらみつけた。
そんなあたしを見ながらゼロスは笑みを深くしながら言った。
「──復讐──ですよ」
どくんっ
先ほどよりも激しくあたしの身体が脈打つ。
「あっ…………うおあああああああっ!」
あたしは獣のごとき咆哮をあげて身体をよじらせる。
「──リナっ大丈夫か!?」
ガウリイがあたしに触れようと手をのばすが、あたしはそれどころではない。
「ああああああああああっ!」
どくっどくんっ
……そしてあたしの視点はさらに下がり、人間の言葉を発することもできなくなった。
「……り……リナ?」
おそるおそるガウリイが手をのばす。
ばしっ
ガウリイの手を右手で払いのけると、あたしは自分の『手だったもの』を見て愕然とした。
栗色の獣毛、鋭く尖った爪があたしの『前足』に生えていた。
「……にゃーん」
「猫……」
呆然とガウリイがつぶやくと、ゼロスがにやにやと言った。
「猫ですよ」
「にゃーん! にゃーにゃーにゃん!」
いっしょーけんめー抗議をするあたしをゼロスはひょいっと持ち上げた。
〜王子様〜
「──にゃっ!? にゃーにゃ! にゃーにゃっにゃにゃー!」
暴れてみるも、首根っこをおさえられていて、ただぐるぐると自分の身体が回転する。
「……暴れたらダメですよ? リナさん。解呪できるのは僕だけなんですから」
……むう。むかつく。
「──リナをどうするつもりだ!」
ガウリイが斬妖剣に手をかけつつ、珍しく声を張りあげる。
「別にどうするつもりもありませんよ。ただこうなるのが見たかっただけなので、もう解呪してさしあげるだけです」
なぬっ!?
「……呪いを解くってことか?」
「ええ」
にこにことやたら楽しげにあたしを自らの肩に乗せる。
「にゃーん♪」
あたしは文字通り猫撫で声をあげる。
「──古典的ですが、愛する王子様からのキス。それでリナさんの呪いは解けますよ」
誰がアイするおうぢ様だっ!
「にゃーにゃー! にゃんっ!」
爪をたてて反撃してみるも、当たり前だがゼロスは眉ひとつ動かさない。
「愛する王子様……だと?」
「はい。まさに僕のことじゃありませんか」
「──違うな。リナが愛してるのはオレだ!」
でええっ!?
「──ちょっと待てい!」
火花を散らしまくる二人を声が遮る。それは──
〜解呪!〜
──それは、あたしの声だった。
「あ……れ?」
姿こそ猫のままだが、声が戻る。すると、ゼロスはあたしを地面に降ろした。
「……あーあ、やっぱり長続きしませんでしたねぇ」
むくむくむくっ
「──リナ!」
そしてあたしの身体も元に戻る。
「…………ところで、誰が誰を愛してるって?」
あたしがジト目で言うと、ガウリイは頬をぽりぽりと書きながら言った。
「……オレそんなこと言ったか?」
「誰が愛する王子様だって?」
「──決まってるじゃないですか。僕ですよ」
しゃあしゃあと抜かすゼロスに思わずこっちが赤くなってしまう。
「うっ──あほかっ!」
「──まあいいでしょう。今回はただ猫になった時笑ってくれた仕返しだったので、おとなしくあきらめますよ。
でも……今度は僕のものになってもらいますよ?」
一方的に言うとゼロスはふわりと宙に浮き、虚空に溶けて消えた。
「……勝手なやつ」
そしてあたしはあまり悪くない気分で旅を始めるのだった。
────あとがき────
2013/12加筆修正。
なつかしー。イリエンタウンの由来は、お笑い芸人カラテカの入江がちょうどテレビに出てたから(笑
シリアスがいきなりギャグに変わる(w
最後のリナが二人順番に詰め寄るところがそれっぽくできたかも。
