絡みつく絆
〜escape〜
はっはっはっ……
うっそうとした木々の隙間から月明りが優しく照らしている森の中をあたしは走っていた。
なぜか、というとあたしは三年ちょい共に過ごしてきた相棒から逃げているのだ。
別に追いかけてきている、というわけではない。
彼はまだ宿でのんびりしているはずだ。多過ぎるほどの路銀と宿賃を置いてきたのでお金にも困らないと思う。
ただ超人的な体力を持つ彼とは少しでも離れておきたいのだ。
「……こ……ここまできたら……」
目立たないように、と普段は絶対に歩かない森の中を全力疾走してきたせいで、埃っぽいし服はあちこちひっかけているし、髪の毛はぼさぼさだ。
「わあ……綺麗」
マントをはたき、髪の毛をとかしながら歩いていたら、急に視界が開けた。
森の開けた場所に、小さな泉が湧いている。真ん丸な泉が天空の月をゆらゆらと写していた。
「ここで一休みしよっかな」
ブーツを脱ぎ、泉に足を浸すと、今までの疲れが吹っ飛ぶようだ。
「つめた……」
さわさわと風があたしの髪の毛をさらい、弄び、通り抜けてゆく。
パキ……
「──誰!?」
何かが枝を踏む音にあたしは口の中で呪文を唱えた。
「その声──まさかリナか?」
〜再会の絆〜
「──ゼル!? 久しぶりじゃない!」
あたしは呪文を中断し、現れた白い人影の名を呼んだ。
彼はきょろきょろとあたりを見回すと、不審そうに眉をひそめた。
「…………ガウリイはどうした」
「別れた」
一瞬顔を歪めそうになるが、あたしは表情を変えずに言った。
「……そうか」
ゼルは納得したように応えると、座って泉に足を浸しているあたしの隣まで歩いてきた。
「元の姿に戻る方法……見つかりそう?」
「──いいや。戻れない理由は見つかるがな」
ゼルは自嘲めいたように笑うと、星空を仰いだ。
「そう、あんたも大変ね」
言ってあたしはごろんと後ろに倒れ、足を泉に浸したまま空を見上げる。
「お互いに、だろ」
「まあね」
実を言うと、最近魔族からの襲撃は凄まじいの一言に尽きる。一度の襲撃で人型が数体出てきたことさえあった。
そのあまりの凄まじさに耐えかねて、連れと分かれる決意をしたのだから。
「──でも生きてる限りあたしは諦めたくないから」
「あんたならそうだろうな。
今日はこの森で野宿だろう? 見張りをしてやるから少し寝たらどうだ」
そのへんから枯れ草やら小枝を集め、火炎の呪文で火をつけながらゼルは言った。
「あら、ありがと。適当な時間になったら交代しましょ」
〜途切れる絆〜
──ぱちり。
「敵?」
眠りについてまだしばらく経っていなかったが、あたしは目を覚ました。
「──さすがだな、そういうことだ」
肩当てを外しただけの状態だったので、急いで装備をととのえ、呪文を口の中で早口に唱える。
『魔皇霊斬!』
あたしとゼルは全く同じ呪文を唱え、それぞれの獲物に魔力を宿らせる。
がさっ
森の中からレッサー・デーモンが躍り出る。が──
「──烈閃槍!」
あたしの唱えていた呪文に討たれ、そのままぴくりとも動かなくなる。
「……ちっ、数で攻めてくるぞ」
ゼルが言うと同時にあたしも凄まじい数の気配を感じていた。
あたしが感じることができる気配の数はせいぜい二十程度。だが、森の中から見つめる獰猛な光を宿した瞳の数はそんなもんではない。
「……どれくらいかわかる?」
「わからん。下手に魔力を無駄遣いするなよ」
あたしは剣を構えると、小さく呪文をつぶやいた。
「明かりよ!」
ゼルの手の平から放たれたまばゆい光がぱあっとあたりを照らす。
「……海王滅殺斬っ!」
あたしの『力ある言葉』に応え、泉の水が鋭い刃と化し、数匹のレッサー・デーモンを両断する!
〜撃墜王現る〜
「──氷の槍っ!」
ぱぎぃんっ
「爆風弾!」
ごぼばっ
戦闘はかなり長引いていた。
ここは森の中、使える呪文がかなり限られてくるからだ。
それに『明り』の呪文を絶やすわけにはいかない。だがそのためにあたしたちから敵の姿は目の前にいる十数体しか視認できないが、敵からは明かりに照らされてあたしたちははっきり見えるはず、正直かなり追い詰められていた。
「──そっちはあとどんくらいっ!?」
「まだ四十匹以上はいるぞっ!」
「嫌んなるわね……振動弾っ!」
「リナ! 後ろだっ!」
「──え?」
ゼルが叫んだ瞬間。周りの全てがスローになったように遅くなって見えた。
後ろを振り向くと先程凍りつかせた場所は崩れ、あたしのすぐ後ろにレッサー・デーモンが鋭いツメを振り上げいた。
やばいっ!
──しかし、レッサー・デーモンはそのツメを振り下ろすことなく倒れた。
「……いつもいいところばかりを持って行くんだな」
「まあな」
レッサー・デーモンを一突きで絶命させた人物はにやりと笑った。
その人物は──
「……ガウ……リイ」
「話は後だ」
声色は明らかに怒気をはらんでいて、反論を許さなかった。
ガウリイが加わると、あたしたちは残っていたレッサー・デーモンを一気に片付けることができた。
「……リナ」
ガウリイがあたしに近寄ってくる。
〜みつあみ〜
あたしは黙っていた。ここで黙りこくっていても何の意味もなさないことは百も承知だったが、返す言葉が見つからなかったのだ。
「……どういうつもりだ」
普段のやわらかな態度とは違い、今のガウリイは高圧的かつ威圧的で、今すぐにでもここから逃げ出したい気分だった。
「…………っ別に! あんたと旅をするのに飽きた。それだけよ」
あたしはいつもとは違うガウリイにすくみ上がりそうになりながらも、言葉を返す。
「──なら素直にそう言えばよかっただろう」
ガウリイの一言一言があたしに突き刺さる。
「──もうよせ」
あたしに助け舟を出してくれたのはゼルだった。
「どんな別れ方をしたにしろ、こいつにだって事情はあるだろう」
棒立ちになっていたあたしを後ろ手に隠すように移動する。
「オレには事情も理由もいらない。リナさえいれば──それでいい」
ゼルの背中の向こうのガウリイが真っ直ぐにあたしを見ているのは気配で感じ取れた。
痛いほどに強い──視線の気配。
そしてあたしはゼルの後ろに隠れるのをやめた。
「…………あたしだってあんたが隣にいれば何もいらない」
〜狂気の刃〜
そこで一度言葉に詰まった。
……ただなんとなく、シャクに障ったのだ。
「それでも、あんたと一緒に居ると苛つくのよ」
「……いらつく」
ぼんやりと言葉を繰り返すだけのガウリイが、一体何を考え、感じていたのかあたしには理解できなかった。
「──その態度も、普段の態度も、何もかもイライラさせんのよ!!」
「だからゼルガディスのほうがいいっていうのか」
「そうね! いっつもへらへらして、よくわかんないあんたに比べたらゼルのほうがよっぽどマシよ!」
「……まし……」
ゼルが非難の眼差しであたしを睨みつける。
「……仕方がないか」
ちゃきり
ガウリイは右手でふわりと刀を構えた。
視線はあたしに向けたまま、あたしとゼルのちょうど真ん中あたりをめがけて。
──!?──
「おいガウリイ、何をするつもりだ!?」
「──黙れ」
先程と同じ、高圧的な声。
「……まずゼルガディスを殺す。次はリナだ」
「なっ!? ──何を馬鹿なことを!」
「血迷ったかガウリイ!!」
「リナがオレのものにならず、誰かのものになるくらいなら、リナを殺してオレも死ぬ!!」
〜馬に蹴られたくないからな〜
「……はっ」
膠着状態になろうとした雰囲気の中、小ばかにしたような声をあげたのはゼルガディスだった。
「──何のつもりだ」
切り裂くような殺気を向けるガウリイ。
しかしゼルガディスはその殺気すらあっさりと受け流した。
「…………やってられん。あとはお二人で気が済むまで話し合ってくれ……」
スタスタスタスタ……
「──ちょっ! ちょっとゼルー!?」
片手をふらりと挙げ、なんだか既視感を感じるような去り方をしたゼル。
月が照らすだけのその場には、呆然とするあたしとガウリイが残された。
……気まずい。
かちゃり
音に反応してうつむいていた顔をあげると、ガウリイが長剣を鞘に納め、右手でやはり気まずげに頬を掻いているガウリイがいた。
「…………あー……その、なんだ。えー」
……なんなんだその魔道士協会のダメ評議長あたりがかましてくれそうな長話みたいなセリフは。
ふっ
あたしもなんだか気が抜けてしまい、笑いすらこみあげてきた。
「……行くわよガウリイ!」
「え!? あ、おい! 待ってくれよリナー!」
とまあ、ふたたびあたしたちはあてのない旅に出るのであった。
それから先あたしとガウリイの関係がどうなったのかは、また別の話。
めでたしめでたし?
「……俺は一体何のために……?」
そしてまたゼルガディスもあてのない旅を続けながらこんなセリフを吐いたとか、吐かなかったとか。
────あとがき────
2013/12加筆修正。
文章出だしの三行はあえて原作の初めを意識してみました。ほかにも少しあちこち混ざっていたり。
