暗殺
〜黒衣の闇〜
──ふう。
影にできた夜の闇に紛れるようにひとりの人間が立っていた。
黒い覆面や同色の格好のせいで詳しい特徴はわからないが、背や体格から見るとおそらく男だろう。
覆面からのぞく蒼眼がゆらゆらとわずかな光を照り返して美しく輝く。
ただの要人暗殺だと思っていたが……なかなか骨が折れそうだ。
そんなことを考えつつ、暗殺者──ガウリイは口の中で小さく呪文を唱えた。
初歩中の初歩、とまではいわないが、初心者用の呪文で多少魔術の仕組みがわかっていれば発動する呪文だ。
「……浮遊」
そう『力ある言葉』をつぶやくと、彼の身体がふうわりと地面から解放され、巨大な城壁をいとも簡単に越える。
そのまま塀の中へ侵入すると、気配を消し、城へと進む。
このあたり一帯を統治する王、エルドランの住まう城──セイルーン王宮へと。
だがそのエルドランも少し前に病に倒れ、その子供──つまり王子たちがセイルーンの王位をめぐって争っている……ついこの間は第三王子が第一王子フィリオネルをお忍びの旅と偽って連れ出し、逆にフィリオネル王子が道中で雇った用心棒に返り討ちにされたらしい。あまり興味はないが。
音もなく滑るように進むと、すぐに城内へと侵入できた。
ガウリイの狙いはただ一人。
第一王位継承者フィリオネル=エル=ディ=セイルーンが娘、グレイシアだ。
彼女は妹君がまだ幼いうちに母親を暗殺され、それ以来ずっと王女の座に就いている。
なぜ第一王位継承権を持つフィリオネルを狙わないかは定かではないが……おそらく、フィリオネルの娘でありながら、魔術に長けているというグレイシアが邪魔なのだろう。
──実際、母親が暗殺された際には彼女が一番に駆けつけ、暗殺者を成敗したらしい。
最近では第二王女のアメリアとかいう妹にも魔術を教えているというのだ。
城の中を依頼主に言われた通り進むと、明らかに兵の数が多くなってきた。
今までは気配を消し、駆けるだけで簡単に切り抜けられたが、そうはいかないらしい。
何人かの兵士が規則的に動き、すべての方向を見張っている。
……さすがに警備が厳しいか……一瞬で全員を音もなく斬り伏せるのは難しいな……
ふところから鈍く輝く針を数本──兵士と同じ数を取り出す。
ヒュッ
それらを狙いを定めて投げ放つと、全員に命中させた。
どたっどちゃどんっ……
全員しっかりと寝たのを確認すると、ガウリイは兵士たちに近寄って刺さっていた針を抜く。
ガウリイが投げた針──それは彼の知り合いが昔くれた『眠り』の呪文がこめられた針だったのた。
〜決行〜
「……あとは『仕事』を片付けるだけか……ん?」
──部屋の中から気配がしない──?
その瞬間、澄んだ美しい声が夜の廊下に響きわたった。
「──氷の矢っ!」
闇を裂くその攻撃は廊下の向こうからやってきた。
「──ちいっ」
息を吐き、風を斬る音と感覚を頼りに十数本の凍てつく矢をなんとかかわす。
「こんな夜中にこのわたしの部屋に押し入ろうなんていうのはどこの暗殺者かしらね! ほーっほっほっほっほっほ」
先ほどの呪文と同じ澄んだ声がオレに向かって呼びかける。
「……グレイシアか」
オレは限りなく声のトーンを低くして、応える。
「ふっ。さっき『わたしの部屋』と言ったばかりじゃあないの」
「……私怨はないが、死んでいただく」
言ってずっと抜かなかった長剣を抜く。
「──氷の矢!」
しつこい。だが……呪文を唱えるだけの馬鹿ではない。
火炎系の呪文や、はっきりと光が見える呪文と違って氷系──特にこの呪文は闇の中では見えずらい。
まだ氷系でも氷結弾と言う呪文なら、青白い光球が見えるのだ。
ぐんっ
──ズボンの裾にさっきの呪文が当たっていたかっ!?
「炎の矢!」
今度は氷の矢と対をなす十数本の炎の矢が虚空に出現し、その光がグレイシアを照らす。
一瞬だけだったが、美しい瞳が妖しくらんらんと輝き、陽の光を知らないように白い肌と、それに映えるつややかで長い黒髪が目に焼き付いた。
炎の矢がオレに迫ってくる──!
「──光よ!」
先ほどの光量とは比べものにならない光が辺りを激しく照らす。
同時に襲い来る炎の矢をすべて切り伏せる。炎がはじけ散る。
「……あうっ!」
いきなりのことに目を灼かれたか、グレイシアの苦鳴が漏れる。
「……あの光の剣ですって!? そんな馬鹿なっ…………じゃあ、あんたが!?」
──こっちだっ──賊を捕まえろ!──
「ちっ……退くか」
「──待ちなさい!」
まだぼんやりと焦点の定まらない瞳で、グレイシアはオレを引き止めた。
「……なんだ、そんな目でまだ戦る気か? それとも時間稼ぎ──」
言うオレの言葉を彼女は遮って続けた。
「あんた……ガウリイ=ガブリエフね」
「…………ああ」
暗殺者が名前──しかも本名を明かすなど大馬鹿だとわかっていた──だが、なぜか答えなければならない気がした。
〜堕天使への神託〜
「……あなたはこれからアトラスへ向かうべきよ。いえ、向かわなければならない」
「なんだって?」
オレは眉をひそめた。
「神託──神からのおつげってやつよ」
「……おいおいあんたがいくら美人でも、神様はちょっと大げさじゃないか──」
「──いいから。騙されたと思ってアトラスへ行きなさい」
言うとグレイシアは魅惑的にウインクをすると、結果的にオレを外まで逃がしてくれた。
「──依頼主からはクビにされちまったし……アトラスへでも行くかあ?」
そして彼は世界を救う『鍵』を手に、出逢いの地へと向かう。
世界を救い……同時に滅ぼしかねない少女と出逢うために。
「それぐらいにしておくんだな」
──あとがき──
2013/12加筆修正
この話は自分的にはよくできたと思ってる!ナーガさん大好きだし(w
ゼルガディス編もちょっと構想あるから、そのうちに書きたいなぁ。
