ゴブリンの洞窟
「ヴァル…………うーん」
夢を見ていた……何の夢だったかは、思い出せない。
ただ、誰かに呼ばれたような──そんな気がした。
頭の奥だけで意識がはっきりしている。まぶたを開けるのすら億劫だ……それなのに、誰かがあたしのすぐそばで様子を伺うように佇んでいる。
重たい頭を振り、なんとかベッドから身を起こしたあたしと目があったのは、三十代半ばくらいの男だった。
着心地のよさそうなゆったりとした麻の服、再度顔を合わせることがあっても思い出せなそうな、恐ろしく地味な顔立ち──まあよくいる村人、という感じだ。
「──おっ? 気がついたみたいだな。あなた、リナ=インバースですよね!?」
「???
リナ=インバース???」
誰それ? ……どうもあたしのことを言っているらしいのだが。
あたしは──あれ? 思い出せない……
「とぼけてもダメですよ。ちょっと私と来て下さい」
言うなり男はベッド腰掛けるように座り直したあたしの手を引き立たせると、雑にベッドにかけてあったマントと肩当て、ショートソードを次々身につけさせる。そして外へと連れ出した。
男に手を引かれながら村をずんずん進んでいく。村をぐるり、と囲むように建ててある塀が切れているところで、やっと手が開放された。
「──こんな所へ連れて来て、どういう事?」
男は少し緊張したような、やたらニコニコとしながら返した。
「いいから、その穴をのぞいて見て下さい」
あたしは促されるままに、腰を曲げて穴をのぞき込んだ。
……大男でもするりと抜けられそうなほどの穴だが、特に何も見えはしな──
「──おおっと、手がすべったぁ!!」
どんっ!!
「──え゛っ!?」
男はわざとらしく言うと、後ろから体当たりをかましてきた!
どたっ
穴から落とされたあたしが体についたほこりを払いながら見あげると、先ほどの男がのぞいているようだった。逆光で、その表情は見ることができない。
「リナさんダメですよ、足元には気をつけなくちゃ。
──あ、そうそう。この穴にはゴブリンがいるんですよ。どうか、そいつらを退治してぶじに出て来て下さいね」
穴の上から好き勝手に言うと、男は消えた。
「いったーい!! なんなのよっ!」
頭もすっきりしないこの状況のなか、災難だ。
ましてここにはゴブリンがいるというし……腰のショートソードがきちんとあることを確認していると──
「リナさーん」
先客だろうか、洞窟の奥のほうから鎧を身にまとった少女がかけてくる。美しい金髪と青い瞳、軽鎧とジャベリンが恐ろしく似合っていない。
この少女もあたしのことをリナ、と呼ぶようだ。
「あなた誰?」
「やだなぁ、キャニーですよ。そんな事よりも……リナさんだけじゃ大変でしょうし、ゴブリンの事は村の問題だから私も……」
──なにぃっ!?
「ちょっとまった! 村の問題ってことはあなた、あそこの村の人ね。まったくなんて事するのよ!」
あたしは現れた少女──キャニーにずい、と詰め寄った。
「いくら怒ってるからって、私と昔会った事まで忘れたふりするなんて……ヒドイ! グスン……グスン……私も一緒について行って手助けしようと思ったのに……グスン……リナさんの人でなし! おに! あくま!」
キャニーは怒りつつ、肩をふるわせて泣きはじめてしまった。
「………………わかったわ、わかったから。 ねっ、もうすねないで。いいわ! 一緒に行きましょう」
あたしはハンカチを出してキャニーをなぐさめた。
あんまり頼りになりそうにもないが、キャ ニーが仲間になった。
キャニー 戦士にしておくのがもったいないほどのきれいな娘。執念深いが、あまり強くはない。本当に戦士なのか? たんなるドシロウトなんじゃないかという噂も……
キャニーとともに洞窟を歩いてすぐ、ゴブ リンに見つかった。
「──ゴブリンなんかとどうやって戦えばいいの!?」
ゴブリンが武装のつもりなのだろう、錆びたナイフで襲いかかってくる!
──キィン
とっさに腰のショートソードを引き抜くと、自分でも驚くほどなめらかな動作でゴブリンの攻撃を受け流した。
「いつも通り、ハデな魔法でやっつけちゃってください!」
キャニーがもう一体のゴブリンを相手にしながら言った。
……魔法? なんだろう、心が泡立つような。ざわりとした寒気のようなものがあたしの中をかけめぐった。
「──炎の矢!」
意識せず早口でつぶやいていた呪文を混沌の言葉で開放する──薄暗い洞窟の中を、十数本の紅の矢が照らす。
次の瞬間には、先ほどのゴブリンたちは炎に灼かれ、倒れ伏した。
「もう、もったいぶらないで早く助けてくださいよぉ」
キャニーがぷりぷりとそういうと、自ら先 へと進んでいく。
「──明りよ!」
奥に進むにつれて見づらくなっていた足元を、魔力の光が眩しいくらいに照らす。
……どうして、魔法なんて使えるんだろう? しかし、先ほどの戦闘で少し頭の霞が取れたようにはっきりしてきた。炎の矢以外にも、氷の矢や炸弾陣、風牙斬といった攻撃呪文。あとは今の明りや治癒。眠りの呪文と封除なら使える……ような気がする。
このゴブリンの住処は思いのほか入り組んでいて、ゴブリン以外にも毒幼虫やコボルト、大サソリに泥人形まで現れたが、思い出した魔法の前では雑魚同然だった。
また、キャニーも思ったより使えるようだ。ジャベリンを持って彼女が敵中に突撃していくことで、相手の統率が乱れてやりやすくなる。
──あとおそらくゴブリンが集めていたのだろう。はちみつや毒消し、金貨を少しばかり拾った。
「リナさん……気づいてますか?」
キャニーが難しそうな顔で小さくつぶやく。
──やっぱりか。
……少し前から、あたしとキャニー以外の足音がついてきている。ゴブリンかな? とも思ったのだが、先ほど曲がりながら後ろを確認したところ、どうも違うようだ。
予備動作なく明りを後方へと向けると、僧侶ふうの法衣に身を包んだ可愛らしい女の子が何かを一心不乱に書きなぐっていた。
「あっ! 見つかっちゃった……あなたのこれまでのおこないを私の得意な日記につけて記録していたところよ。わたしの書いた日記、見たい?」
……なんで後ろをついて来て日記を書いているとかゆーギモンはさておき、あたしのことを書いてあるらしい。
「ええ、見せてちょうだい」
ミーナの日記── ×月○日(晴れ) 覚えた呪文をすぐ使いまくって、ぺんぺんぐさ1本残らないしまつ……おそるべし、リナさん。
…………しかもやたらおどろおどろしい絵日記……
「じゃあ、おもしろい日記が書ける様にがんばってね!」
あたしはミーナにひやりとしたものを感じつつ、キャニーとともに最奥を目指した。
「──ふう、かなり奥まできたわね」
言いつつ、うねうねと細くなっていく通路を進み、それらしい階段を下りていくと、そこにいたのは──
──なんだかよくわからなかった。 いや、人間の女性なのだ。たぶん。黒く長い髪、切れ長の目、すらりとした長身に完璧としかいいようのないスタイル。そしてアヤシい雰囲気漂う服らしきもの。そして……キャニーは全く同じ感想だったらしい。
「──何!? あのヘンな服の人!?」
妖しく光るその瞳でこちらを見やると、彼女は高らかに答えた。
「ふっ。このセンスがわからないなんて! ──氷の矢!」
向けられた氷の矢を交わし、それが戦いの火蓋を切って落とした。
……結局、ヘンなひとはなんだかよく分からない呪文を使おうとして、頭上から落ちてきた岩で頭を打って昏倒した。
キャニーと放っておいて地上に帰ろうかと話していたとき──
「あ痛たたた……あらっ?」
回復早っ!? こわっ
「──リナじゃない! 何でここにいるのよ!?」
このひともあたしをリナと呼ぶ。短時間にこれだけの人がそう呼ぶという事は、きっと他人のそら似などではなく、おそらくあたしはそのリナ=インバースなのだろう。
「リナさんは村のためにゴブリン退治に来たのよっ! ──あなたこそ、何なのよ!?」
あたしもそー思うぞ。
真っ黒なマントをばさぁっと翻すと、彼女は語りだした……
「──道に迷ってるうちにふと、気がつくと実力でゴブリンたちのトップにのし上がっていたのよ! ほーっほっほっほっ!」
普通の人間はふとそんなことにはなりません。
「ほーっほっほっほっほっほっほっほ! この白蛇のナーガの美しさと魔力、また人徳の成せるわざね!」
「……人間としての自覚ないでしょう……あんた……」
「あーぁ、こんな所までわざわざ来て損したわ。リナさん、帰りましょう」
体力を根こそぎ奪われそうになりつつ、帰り支度を整えるあたしとキャニー。
「ふっ。そろそろここも飽きたし、私がついて行ってあげるわ!」
──いらんわ! ナーガが勝手に仲間になった。

白蛇のナーガ 自称「リナの最強最後のライバル」。いったいその自身はどこからくるのか? たぶん、その豊満な胸につまっているのだろう。
かくして、あたしたちはナーガの無差別攻撃呪文に何度も巻き込まれそうになりながらも、なんとか地上へと戻ってこられたのである。
「──あなたたち、ゴブリン退治を依頼されたのよねぇ」
「ええ」
ナーガの顔がにんまりと輝いた。
「解決したんだから、報酬をもわらなきゃ」
「解決……?」
「──いいから、村長の所へ行きましょう」
ナーガはあたしとキャニーの手を引いて、ずんずん歩いていく。
村長の家のドアを勢いよく開け放つと、家の中で村長が目を見開いて固まっていた。
「あんたたち、私がゴブリンを退治したんだから、報酬をよこしなさい!」
退治したんじゃなくて、ゴブリンの首領やってたんでしょ……あんたは……
「そ、そんな……」
「──助けてくれたのは感謝してるけど、穴に落としたバツね」
ナーガとにじりより、村の運営費らしい金貨三百枚を巻き上げた──もとい、村長が喜んで差し出した。後ろでじーさんが「金の亡者め! ゴブリンよりたちが悪いわい」と言っていたのは気のせいだろう。
村長の家を出て数歩歩いたところでナーガがこちらを振り向いた。
「さっきから思ってたんだけど──なんか、いつものあなたらしくないわね……いつもはもっと根性悪で魔法おたくなあなたが……何かわけあり?」
……この女、意外とスルドいのかもしれない。
「ま、いいわ。今巻き上げたお金でどっか店にでも入って話を聞きましょう」
金貨の入った革袋に頬ずりしながらナーガはキャニーと定食屋を兼ねた宿屋へと向かっていった──
あたしたちは、なんとなく定食屋の奥の宿屋へ行き、そこへ料理を持ってきてもらうよう頼んだ。ナーガが気をつかってくれたのかもしれない。
「──実はね…………あたし、記憶がないのよ」
運ばれてきたジンジャー風味のポークステーキをを口に運びながら、わかる範囲で説明をした。
気がついたらこの宿屋にいたこと。穴に落とされたこと。剣技と魔法はなぜか使えたこと──
「あらそうなの──おじさん、おかわりね!」
さして問題でもなさそうにナーガは答えた。
「あたしもっ!」
レシスのジュースをぐびり。
「あの……あなたがたが裏の穴に住むゴブリンを退治したんですよねぇ?」
注文を取りに来たおっちゃんが様子を伺いつつ話しかけてきた。
「そうよ」
「──そうですか、折りいってあなた方に頼みたい事があるのですが、聞いていただけませんか?」
おそらくは同様の仕事の依頼らしい。
「聞くだけならね」
むげに断る気もないが、あまり気が進まないので、あまり期待を持たせないように答えた。
「頼みというのは、最近、村のニワトリが山に棲むでっかいヒドラに全て襲われてしまったので、そのヒドラを退治してほしいのです。
──引き受けてくださるなら、ここの料理は食べ放題という事で」
「ちゃんとした報酬をもたえないのならば、私はイヤよ!」
言うとナーガはそっぽを向いてしまった。
「……食べ放題ねぇ? ま、いいか。引き受けるわ」
ここの料理、そこそこおいしいし。
「──ちょっとリナ! …………悪いけど、私はおりるわよ」
「そう。じゃあ、あたし一人でも行くわ」
「さすがリナさん! 困っている人を放っておけないなんて私、感動しちゃいました。リナさんって、本当はいい人だったんですね。
ぜひ、私にもお手伝いさせてくださいっ!」
「──本当は……って、あんた今まであたしの事どーゆー目で見てたわけ?」
「まぁまぁ……と、とにかくお願いしましたよ」
キャニーをジト目で見ると、おっちゃんがあせったように言って去っていった。
バーテンおすすめのショートケーキたいらげ、日が暮れないうちに、とあたしとキャニーは出立の支度を整えた。
「私は行かないわよ」
横目で見ながらナーガが言った。
……視界の端に、またミーナがいる……
ミーナの日記── ○月×日(晴れ) リナさんの拾い食いを見ました。その姿はとても哀れで涙をさそいました。
拾い食いって……おそらく先ほどテーブルに転がったポテトを食べたことなのだろうが……うーん。
