再戦
ゼフィール・シティから伸びる大きな街道。活気があり、残念なことに盗賊は少ない。
…………のはずなのだが。
人が一人も居やしない。それに、強い風が吹いているにもかかわらず、木々の揺れる音がしない。
「──敵の罠?」
確認のために声を出すアメリア。
「そのようだな。
……もうばれているんだ、出てきたらどうだ? それとも、たかが人間と真っ向勝負する実力も無いのか」
──うまい。
魔族は本来精神生命体。己の力を拠りどころとして物質世界に存在するもの。よって、自分達の力を否定するようなことをすれば、滅びてしまうのだ。
──つまり、ゼルが言った言葉を聞いて出てこなければたかが人間に負けを認めたことになり、自滅してしまうため、出てこざるをえない。
「──覇王の部下どもから護ってやっているというに、その言い草はいかがなものか」
右側の森の中から出てきたのは──金髪の女性。
「……獣王ゼラス=メタリオム」
あたしがそうつぶやくと、三人は不思議そうな顔をした。
「あれがっ……獣王ゼラス=メタリオム!?」
「護ってる、とはどういうことだ。返答によっては──」
「──リナさんの敵に回る、と?」
言ってあたしとゼルの間に現れたのはゼロス。
「どうせ、またとんでもないことを企んでるんだろ?」
ずいっとあたしとゼロスの間に入りながら、ガウリイ。
「ま、その通りですけど……ねっ」
どんっ
言って、ゼロスは目にも止まらぬ速さで杖を横に振った──ゼルのほうへ。
「……さすがですね……ガウリイさん。
ゼルガディスさんを仕留め損なってしまったじゃあないですか」
まるでチェスに負けたときのような、そんなカルい口ぶり。
──そう、ガウリイはそれ以上の速さでゼルの前に出て、斬妖剣でガードしたのだ。
「……がはっ……ああ、そうそう仲間を殺させるわけには……いかないんでね」
「その『仲間』が……この世界の魔王だったとしても……ですか?」
ゼロスの言葉にあたしは奥歯を噛み締めた。
『……なっ!?……』
三人が声をあげた。ガウリイと、ゼルと、アメリアの三人が。
いつかは話さなければならないと思っていた──それが、こんなかたちで知られることになるとはっ! ゼロスの奴──っ!!
「…………あたし、赤眼の魔王シャブラニグドゥだったの……」
「いつから知ってたの!? なんで言わなかったのよ!」
複雑な表情であたしを問い詰めるアメリア。
「ついこの間、よ。あたしが、朝まで帰ってこなかった日に、初めて知った」
ゆっくりと、だがはっきりとした口調であたしは答えた。
「──それを溜め込んでたのか」
その長い金髪で表情は読めないが……きっと怒っているのだろう……これまでに聞いたことがないほど低い声を絞り出すガウリイ。
「?みんな、ごめっ──」
「──いい加減、お喋りはそこまでだ」
どがっ
「うああっ!」
獣王が放った衝撃波で、あたしはもろに吹っ飛んだ。
「っ! ──ぐっ!?」
すぐに起き上がろうとするが、アバラでも折れたか、左胸のあたりが激しく痛む。
あたしが苦しんでいる間に、戦闘は始まった。
──遊ばれている。
アメリアが崩霊裂を放ち、ゼロスがそれをいとも簡単に防ぐ。ゼルが魔皇霊斬で斬りかかれば、杖でいなされる。ガウリイが獣王に向かっていけば、物理的な効果さえもったその気配に圧され、近づくことすらもできない。
あたしは胸の痛みをこらえながら、よろよろと上半身を起こす。
痛めた脇腹がぎりぎり痛む。呪文への集中が途切れそうになるが、なんとか唱え終える。
「黒狼刃!」
黒い羽虫のような輪郭の無い黒い何かが、獣王のほうへ向かう。
──が、それは獣王に触れることすらなく消えた。
「……さすがにこの程度じゃあ駄目ね……」
──全ての闇を束ねる王
汝の無より生まれしものに
星々を無に還す力を与えよ──
「裂閃吼!」
増幅呪文なしには発動しないその光の柱は、あたしの意志に応じて裂閃槍のような一筋の槍と化した!!
しかし──
ばしゅう!
「──なっ!?」
獣王を狙った一点集中の攻撃は……派手な音だけを残してかき消えた。
……ならっ!
──黄昏よりも昏きもの──
『──その意志、利用させていただきますわ』
どこからか、聞いたことのある声が聞こえた。
ぐりゅんっ
同時に、あたしの内臓が……いや、まるで魂の内側が引っ掻き回されるような異常な感覚に襲われる。
──気持ち悪っ!?──
──それもすぐになくなる──
ぶつん
何かが切れるような妙な感覚と共に、あたしはあたしでなくなった。
だがあたしは確かに存在していた。
こういうのもなんだが──『あたし』のはるか内側に。
そして、『あたし』は笑った。折れたアバラのことなど忘れたように。
「……あははははっ」
『──りなっ!?』
金髪の男は『あたし』に向かって言った。
「火炎球」
一発で仕留めてしまわぬよう、わざと精霊魔法を使う。この肉体が人間だからこそできることだ。
『なにをするのよっ!?』
慌てる人間の女。
「炎の矢」
数えるのが馬鹿らしくなるほどの炎の矢は、人間達に降り注いだ。
……だが、合成物の男が風の結界を、その上から女が耐火の結界を張り、防御する。
「──やるじゃない。
地霊砲雷陣」
ばぢばぢばぢばぢっ!
『あたし』の放った広範囲の呪文は、風の結界に隠れていた人間達をいともあっさりと行動不能にした。
「うふふふふ。無様ね」
『……誰だっ……お前は……!』
金髪が苦しげに呻いた。他の二人は、意識はあるものの、声を出す気力も無いようだ。なんともいえない負の感情が伝わってくる。
『あたし』はさらににんまりと笑みを深くした。
ばっ!!
金髪が『あたし』の右手を掴む。まだ動く元気があったとは……
──ガウリイっ!
あたしが力いっぱい叫んだ瞬間──
ずるりっ
あたしは戻った。
「……が、ガウリイ……?」
「──リナっ!? 戻ったのか?」
「うん……って、手ぇ放して。痛いから」
そう。この男、あたしの右手を力いっぱい握っていやがったのだ。
「でもどうして……」
あたしはいつの間にか少し離れた位置に居た獣王たちに目をやりながら言った。
ゼルとアメリアは不思議そうな目でこちらを見ている。
──あたしはさっき、竜破斬を唱えようとした。その瞬間、声が聞こえたのだ。
……おそらくは、以前獣王と一緒にいた海王ダルフィンの声……!
彼女は言った。意志を利用する、と。それはおそらく、魔王の力を借りようとしたあたしの意志の力を利用し、なんらかの方法であたしと魔王の精神を逆転させたのだ。
じゃあ何で……? あ。
あたしは今指輪をしている。ゼロスにもらったうさんくさい指輪を。
まさかとは思うが、もしかしたら…………本物?
あたしがそんなことを考えている間に、獣王の隣に、うっすらと霧が出ていた。
──何?
しゅううううう
その霧が収束し、人をかたちどった。
獣王とゼロスが深々と頭を下げる。
長い黒髪と端正な顔立ちが家出した誰かを彷彿とさせる、とおい昔の魔道士が着るような長い法衣に身を包んだ男。
……赤眼の魔王シャブラニグドゥ。それだけははっきりとわかった。
「──あんた、あたしの中にいたやつね。
よくも、あたしの大事な仲間を……!」
あたしの言葉に魔王は気だるげに答えた。
「──それと私とは別なのですが……まあいいでしょう。
なぜかよくわかりませんが……私とあなたが離れ、別々の存在になった以上、あなたは邪魔なのです」
「……始末する……ってことか」
ガウリイがひた、とにらみながら言った。
「……ずいぶんと勝手な言い分ね!」
「──親切で言っておきますが、あなたはもう魔法を使えませんよ」
「あら、ご親切にどうも……裂閃槍!」
あたしの放った光の槍は、魔王に直撃する!
……はずだったが、発動しない。まるで、以前魔力を封じられた時のように。
ああっ! ハッタリだと思ったのに本格的にまづひっ!
ゼルとアメリアがまだ動けないみたいなのにっ!
「──人間の魔法が怖くて魔法封じ!? 魔王ともあろうものが、ずいぶんと弱気ね!」
びしり、と指を指し、胸を張って言ってみるものの、ほぼ虚勢に近い感がある。
「……魔法を封じてなどいませんよ。
あなたからはなされた時、魔力容量をだいぶいただいてしまったようですから」
言って、申し訳なさそうに苦笑する。
いただいてしまうな。迷惑だから。
「──じゃあ剣でってことになるわね……」
言ってあたしは、腰のショートソードを正眼に構えた。
「……二対一……か」
ガウリイがゆううつそうに言った。
「こーなったらポリシーも騎士道精神もミもフタもなしよっ!
──それに獣王とゼロスもいるんだから三対二よっファイト!」
あたしはやけくそで魔王に突っ込んで行った。
魔王は虚空から杖を生み出した。細い蛇が幾重にも絡み付いてできたようなそれを、あたしは以前見たことがあった。魔王の一部である伝説の杖、餓骨杖。
そしてそれを、右手にだらり、と下げる。が、スキがない。油断は出来ない。
──既視感──
あたしとて餓骨杖と護符で強化した程度ののショートソードで張り合う気はさらさらない。
「──魔皇霊斬!」
増幅呪文を唱え、なんとか剣に魔力を籠めることができた。
紅の刃が魔王の持つ杖とぶつかり合う!
──が。流される。杖の周りに、風!?
勢いとその風とに流され、あたしはまともにつんのめった。
殺られる──!?
二度と嗅ぐことは無いと思っていた、濃厚な『死』のにおい。
「──魔皇霊斬!」
ぎいん
魔力強化されたブロードソードがあたしを防御する。
「──阿呆かっ! 正面から突っ込んで行きやがって!!」
やっと動けるようになったゼルがあたしの援護にまわってくれたのだ。おいしいところを持っていく男である。むこうではアメリアがガウリイの背中を守るように戦っている。
だが、あたしの呼んだ名は、ゼルのものではなかった。
「──ルークっ!?」
そう、杖……剣の周りに風の呪文をまとわりつかせるこの戦い方は……以前仲間として共に過ごし、愛するものを失ったことから心が闇を受け入れ、魔王と化しあたしとガウリイと戦った男特有のものであった。
「……その男の意識はありませんよ。ただ記憶として残っているだけです」
──そうか──
その間にも、あたしは呪文を唱えておいた。増幅呪文が無ければ簡単な術でさえ発動しないため、普段よりだいぶ長くなるが。
「……神滅斬!」
術が発動するかは賭けであった。しかも、完全版で。
……そして、術は発動した。以前と変わらない金色の刃で。
『──なっ!?』
驚愕の声をあげる魔王とゼル。
「でやあああっ!!」
掛け声と共に振られた金色の闇は、魔王の法衣の袖を二つに断ち切った──だけだった。
「…………届かなかった……もう……」
あたしはがくり、と膝をつき、吐き出すように言った。
「──まだ敵はいるんだっ! あんたは以前魔王と戦うことになった時俺に何て言った!?
ええ? どうなんだリナさんよ!」
魔王とふたたび剣をあわせながらゼルが叫んだ。
………………そう……か。
あたしは蘇ってきたアバラの痛みもなんのその、すっくと立ち上がると大きく胸を張り、朗々と言い放った。
「…………たとえ勝てる確率が一パーセントほどだとしても、そーいう姿勢で戦えば、その一パーセントもゼロになるわ。
──あたしは絶対に死にたくない。だから、戦う時は必ず、勝つつもりで戦うのよ! むろん──あなたたちも…………ね♪」
そしてウインクをひとつすると、増幅呪文に続き、呪文を唱えた。
「……おいっ!」
あせるゼル。
だが、手はもうこれしかなかった。
そして……あたしは、不思議と落ち着いていた。
同時に確信していた。術の暴走はしない、いや、絶対にさせない……と。
「……重破斬!」
胸元の呪符と同じ金色の光があたしを包み、右の手のひらのうえに混沌が生まれた。
神滅斬の闇と似て非なるもの。だがまったく同じともいえるもの。
絶対に暴走はさせない。させてたまるか。
膨れ、暴走しようとしていた混沌を意志と根性でねじ伏せる。
……するとなんだか、力は落ちつき安定し、あたしはふんわりと心地良い気分だった。
そして、あたしの意志に同調して混沌は魔王のなかへともぐりこみ、その力を発揮する。
──抗うな……よ。
あたしは何かの名前を呼んだ……気がした。
もしかしたら、その瞬間、以前と同じようにあたしとそれが同化していたのかもしれない。
激しい風があたしの金髪とマントをなびかせる。
精神世界面で、黒幕としてあたしと、あたしの中の魔王の精神に潜り込んでいた北の魔王の意志が、カタートの本体に戻っていくのが視えた。同時に、獣王も逃げている。
あたしの目の前に在るのは……ただ力の化身と化した、愚かなもの。
金色の闇のなかであたしはそれを抱きしめ、ふたたび己の中へと封印した。
──なぜそうしたかは、わからない。
