再開
今は夜中。
そしてここは聖王都と呼ばれる大都市、セイルーンの城の客間の一室。
その部屋の中では、魔法の明かりが皓々とまばゆい光を生み出し続けている。あたしはその下で魔道書を読みふけっていた。
部屋こそ豪華だが、あたしはこの城にとどまるのをあまり快く思っていなかった。
──なぜかって? それはあたしがこの城で前に殺されかけているからだ。
しかも一度じゃないとゆーのだからこれはもう笑うしかない。はっはっは。
──まぁ、某神官のように笑ってみたところでそうそう命を狙われるわけではないので、しぶしぶここで過ごしているのだ。
コンコン
あたしが魔道書を読み終え、ふかふかのベッドにもぐりこんだ時、あたしの部屋のドアが軽くノックされた。
……こんな夜中に非常識な。このあたし戦士にして天才魔道士たるリナ=インバースの安眠を妨害するとはいい度胸である。
いざという時のためにベッドの脇に立ててあったショートソードに手を伸ばし、いつでも戦えるようにしておく。
「……誰?」
警戒を解かぬままドアに向かって言う。
「──わたしよ、リナ。ちょっと話があるんだけど……いい?」
──ここで嫌と言ったら諦めるかな……? などと一瞬考える。
「──アメリア。こんな時間に何の用なのよ? ……それに、どうやって部屋から抜け出したのよ?」
部屋の外に居たのは、あたしの旅の友であり、ここセイルーンの第二王女アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。
あたしに言わせれば、英雄伝承歌オタクの猪突猛進魔道士。
「大事な話なのよ。見張りの兵には、悪いけどちょっと眠ってもらったわ」
ははぁ、今頃は眠りの術でぐっすり、か。
「──あんましそーゆーことしてると、見張りの人クビになっちゃうわよ」
軽口をたたくあたしに、アメリアはいたって真面目な表情で言った。
「……本当に大事な話なのよ。多分、これからのわたしたちに関係してくるわ」
──どうやら、本当に、マジな話みたいね……。
「……で? 何の話なの?」
大体予想はつく。また魔族がからんだことだろう。
──でも、あたしにはもう魔族と正面きって戦う術が無い……!
以前は魔血玉という石をつかった呪符があったのだが──
──ちょっとした(ぜんぜんちょっとしていないのだが)事件の時にそれを失ってしまったのだ。
こーなったらあとはあたしの秘術しかないのだが……
……あれだけは使いたくないのだ。
あの術の制御を失敗したら……この世界が滅びる。
ぢつは、あたしは一度ちょっと制御できなかったことがあるんだけど……
そこはそれ、あたしの知り合いではゼロスくんしか知らないから良しとしよう。
ゼロス──獣王ゼラス=メタリオムの部下の高位魔族で強さはその中でもケタはずれ。だが実際やっていることはパシリの中間管理職。
「──リナ、聞いてる?」
ふいにあたしの耳に届いたアメリアの声があたしを現実へと引き戻した。
「……ん、ごめん。最初から話してくれる?」
彼女は小さく息を吐くと、あたしの方を見て話し始めた。
「……わたし、変な夢を見たのよ」
「夢?」
アメリアの本職はあたしのような魔道士ではなく、巫女である。彼女ほどの巫女が見る夢なら、何かしらの予知である可能性が高い。
「……リナが……ガウリイさんにゼルガディスさんにわたしを殺して…………重破斬で世界を滅ぼす夢なのよ」
──何だとぉうっ!?
それはつまり……あの術重破斬の暴走、ってこと……? てゆーかあたしが三人を殺すって……!
「滅ぼす、ってどーゆー……?」
思わずアホな質問をするあたし。
そんなことは──たとえアメリアの夢でも信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「いいえ。言ったとおりこの世界すべてを滅ぼすのよ」
そんなことはわかっていた。……でもなぜそんなことが!?
はっきしいってアメリアのカンとかは信用できる。
──正義なんぞとゆーことばでくくるとかなりうさんくさくなるが……。
「そーゆー話なら、ガウリイやゼルも一緒に話したほうが良さそうね」
ガウリイ、ゼルガディス。この二人はあたしと共にこの世界の魔王、赤眼の魔王シャブラニグドゥと戦い、重破斬を見たことのある人間。
ガウリイとは三年ちょい一緒に旅をしてきた。七つに分かたれた魔王のうち二つを一緒に倒したし、色んな苦しみを共に味わってきた仲間。金髪長身にかなりのハンサムくんで、剣のウデも超一流!
……だけなら完璧なのだが、一つだけ致命的な欠点がある。
発酵しかけのチーズが詰まった彼ののーみそである。ま、それはしょーがないとして。
ゼル、ことゼルガディスはガウリイと出会ったばかりの頃に知り合った。
今は亡きある魔道士の手によって身体が合成物と化している男。髪の毛は針金、肌は青黒い岩と化している魔剣士。魔法のウデも、剣のウデもなかなかのものである。
「──で、一体何の話なんだ?」
あたしの部屋に入ってくるなりガウリイが聞いてくる。
「アメリアの見た夢の話よ」
「夢の話?」
考える間もなく聞き返すガウリイ。
「ええ。アメリアはもともと巫女だから、本来人が知りうるはずの無いことを知ってしまうことがあるのよ」
「知りうるはずの無いこと?」
またも聞き返すガウリイにあたしは小さくため息を漏らした。……まさか本当に何も考えてないんじゃあ……
「以前シルフィールが重破斬について教えてくれたことがあったの。それと一緒よ」
「──で? 話の本題にいつ入るんだ」
──いつのまにかゼルが部屋に入ってきていたようだ。
その声に応えるようにアメリアのほうを向くと、彼女はゆっくりと口を開いて話しはじめた。
その話を聞いて、ゼルはまともに驚いたようだった。
……ガウリイは……言うまでもなくぼーっとしていた。
「……どういうことだ……?」
ゼルが誰に言うでもなくぽつり、とつぶやいた。
「……真面目に話をしてるところで悪いんだが、話がわからん」
いつもながらほんとーに悪いぞ。
「つまりは! あたしが重破斬をつかって、暴走させて! 世界が滅びるってことなのよ! わかった!?」
「…………それって、ものすごく大変なことなんじゃないのか?」
しばらく考えて、やっと話の大きさが理解できたのか、やたら深刻そうな表情をして言うガウリイ。
「──大変に決まってるじゃない」
「もう少しあわてろ! 世界が滅びるかもしれないんだぞ!?」
どうやら話は通じたようである。
「……今あわてたところでどうなるって問題じゃないわ」
あたしは冷静にそう言った。……しかし、冷静ではないのがガウリイ以外にもう一人いた。
「……リナ! また悪が動き出しているかもしれないのよっ!? もしそうなら、あなたはまた巻き込まれているわ! それで落ち着いていられるの!?」
……あんたが問題にしてんのは世界の破滅じゃなくて悪の方でしょーが……
「……それは、世界が滅びるのを受け入れる、ってことか?」
ゼルが冷淡に言い放つ。
「………………」
あたしは黙っている。いろいろと考えていたのだ。
──もちろん、世界の破滅など望んでいるわけはない。
……それにあたしは、重破斬を使う気は無い。今も、そしておそらくこれからも。
ならなぜアメリアはそんな夢を見た……?
「……お、おいリナ!?」
あわてた口調のガウリイ。
「あによ」
「ま、まさか本気で世界を滅ぼそうなんて考えちゃいないよな?」
「…………そーかもしんないじゃない」
一瞬の沈黙。
「オレはリナが心の中ではそーゆーことを考えてると信じてた」
「やっぱりリナってほんとーに破壊神だったのねー」
「さすが竜もまたいで通る女だ」
……ヲイ。おまいら。
「ただの冗談を本気にしなくたっていーでしょーに!」
「お前がそう言うとガウリイの旦那のボケ並に本当に聞こえるからな」
……ゼル、あとで覚えとれよ……
「……なんだよそれ……」
もちろんガウリイの非難の声を軽く聞き流していたが。
「──あたしが重破斬を唱えることはもう二度とないと思ってたのよ……それが気になってて」
そう言ったあたしに、アメリアが言葉を返す。
「そりゃー、呪符が今は無くて、神滅斬とかの術が使えないわけだし。なんか大きな事件でも起きたら使っちゃうかもしれないじゃない。だからこそセイルーンに来てうち秘蔵のの魔道書あさってるんでしょ?」
いけしゃあしゃあと言う。
「──それは、金色の魔王の正しい知識を知る前だったらの話よ。……今は、もう二度と使うことは無いと思ってる。それに──」
「それに、何だ?」
今度はゼルがオウム返しに聞いてくる。
「──残りの腹心は海王ダルフィンと獣王ゼラス=メタリオム。あと今は活動休止状態の覇王グラウシェラー。そんだけやられてちゃ、あんまし大それたことはしないと思うのよ」
「……なぜそう思う?」
なんだか質問攻めだなぁ。あたし。
「…………それは秘密よ」
「バカみたいな言い方をしてゴマ化すな」
ぬぁんですってぇえー!?
「バカみたいだなんて、それじゃあまるであたしがガウリイみたいじゃないのっ!」
「…………おひ…………お前ら……」
ガウリイはひとまず無視!
「──で、さっきの理由は?」
話を戻すアメリア。
「あぁ、それはごく単純。あたしのカンよ」
「……信頼できるのかよ?」
ガウリイ君。なんとか立ち直ったようである。……もともと気にしていなかったのかもしれないが。
「あったりまえでしょ! 女の直感よ? しかもあたしの」
「……ところで、俺たちは一体何の話をしてたんだ……?」
ゼルも変なことを聞く。ガウリイに汚染されてんじゃないの? ──あれ?
……何の話をしてたんだっけ……
「──わたしの夢の話ですよぉ!」
「そーよっ! アメリアの夢の話をしてたのに忘れるなんてっ、まったくしょーがないわねー」
なぜか三人にジト目で見られる。
その目は『お前も忘れてただろ』などと如実に語っていた。
「──でも、先程リナさんのおっしゃったことは当たってますよ」
いつからか部屋で話を聞いていた漆黒の神官の表情はここからは影になって見えないが、きっと場違いな笑みを浮かべているであろう。
「──っゼロス! 貴様いつから部屋に居た!?」
言いながらゼルははじかれたように、ドアに寄りかかっていたゼロスに向き直る。
「皆さんが部屋に集まってすぐから、ですよ。ゼルガディスさん」
言ってアメリアが新しく放った明かりの光のあたる範囲の中まで歩いてくる。
「ゼロス、一体何の用なの?」
あたしはにこにこと笑っているであろうゼロスのほうを見向きもせずに言った、
「いやぁー。実はまたリナさんたちと一緒に旅をしようかと思ってまして」
「──今度もまた何かたくらみがあるんじゃないですか?」
アメリアの質問にゼロスは人差し指をおっ立てて──
「──それは秘密です」
「別にいーんじゃない?」
あたしの言った言葉にアメリアが──
「──だめよリナっ! また悪に利用されるかもしれないのよっ!」
「…………でも、タイミングが良すぎると思わない?
アメリアは世界の存亡にかかわるような夢を見て、魔族であるゼロスがここに現れた──多分、これはあたしにとって重大なことなのよ。……それが良いことだろうが悪いことだろうがね。
もしみんながあたしに付き合いきれないと言うなら──あたしはゼロスと二人だけでも行くわ。……どーせゼロスはあたしさえいればいいんでしょ?」
「その通りです。さすがリナさん、いい読みしてます」
ゼロスは満足そうにうなづきながら言った。
「オレは別にゼロスがいたって変わりないけど……それに、オレはリナの『保護者』だからな。リナがゼロスと一緒に行くと決めたんなら、オレも行く」
「…………あんがと、ガウリイ……」
「──もちろんわたしの答えは一つしかないわっ!」
静まり返っていた部屋の中で夜中なのにくそめーわくな大声をあげた声の主は右のこぶしを握り締めながら言った。
「このままだったらどーせほっといても世界は滅びる! だったら最期まで正義を貫くわっ!」
「……アメリア。……ごめん…………ありがとう」
「俺も、『俺は関係ない、それじゃあ頑張って』というわけにもいかんだろ」
「──ゼル」
あたしが少し照れている間に、ガウリイがもぞもぞと動いた。
「全員一致なんだろ? じゃーこの城を出るのは明日の昼。とゆーことでオレはもー寝る」
眠そうな大男の背中が明かりの光の範囲の外に消える。
「じゃーあたしも眠いから。ゼルもアメリアもちゃっちゃと自分の部屋に帰るっ!」
「──ふぁぁぁあむ。……じゃーおやすみリナ」
眠気が限界に来ていたらしいアメリア。足元が少し──もとい、かなり危なっかしい。
バタン
ゼルとアメリアが一緒に部屋から出て行く。
「……あんたも出て行きなさいよ」
「いやぁー。そんなことを言われましても、僕には部屋が無いのでどーすることも」
静かに闇の中に溶け込んでいたゼロスは、あたしの方に歩み寄りながら言った。
「──あんたはその辺の木にでも寄りかかって寝りゃーいーじゃない」
「……そんなツレないこと言わないでくださいよ…………少しお話をしようと思ってここに来たんですから」
話──?
「何の話よ?」
「この先向かって欲しいところがあるんです。……それをリナさんにあらかじめ話しておいたほうがよろしいかと──」
「──明日みんなと一緒に聞くわ。じゃあ、おやすみ」
言ってベッドにもぐりこむ。しばらくゼロスのすすり泣く声が聞こえたのは言うまでもない。
「──で、次はどこへ行くんだ? リナ」
のんびりとした朝食の席でバターロールを口に頬張りながら聞いてくるガウリイ。
あたしの隣では、先にフィルさんたちと朝食を済ませたアメリアが美味しそうなデザートをとても美味しそうに食べている。
「……ゼロス、どーせそのへんに居るんでしょ? 次はあたしたちをどこに向かわせたいの?」
あたしの声に反応するように、朝の光が眩しい窓の横あたりから漆黒の神官は音もなく現れた。
「…………ひとまず、ゼフィーリアの『赤の竜神の騎士』に会いに行きます」
言ってどこから出したのかカップの中身を一口すする。
「…………………………」
あたしは言葉を失った。
……昨日話したかったのはこういうことかっ! …………ね……姉ちゃんに会いに行くのかぁ…………
「赤の竜神の騎士に会うの!? わたし、あの人に少し憧れてるのよねー!」
「おいリナ。ゼフィーリアだったら、色々知ってるんじゃないか?」
──アメリアもガウリイも好きなこと言ってくれちゃって! あたしの気持ちを少しは考えんかい!
「……ええ。よーく知ってる人よ……」
あたしはなるべく平静を装ったまま答えた。多少声のトーンは下がっていたかもしれないが。
「良く知ってるなら、リナって赤の竜神の騎士とどの位親しいの!?」
あたしがアコガレの赤の竜神の騎士様と知り合いと知って勢いづくアメリア。
「…………まーそれなりに親しんじゃない……?」
もはや答える気力も失せたあたし。
──実の姉に親しいも何もあったものではないと思うのだが。
「……なー。その……すいーなんとかって、何だ?」
…………はぁ。
いつもながらだが、ガウリイの無知っぷりに、あたしは大きくため息をついた。
「──赤の竜神の騎士っていうのは、この世界の神『赤の竜神』スィーフィードのチカラの欠片を受け継いだといわれている人のことをゆーの。わかった!?」
ガウリイは一瞬考えて……
「……それって、あのレゾとかの中身が神様ってことか?」
……をいをい。ゼルの前でその名前を出すか?
──そう。ゼルを異形の姿に変身させた張本人にして、その身に魔王シャブラニグドゥを宿していた男。赤法師レゾ。……まぁ、世間様一般では現代の五賢者として有名である。
「……うん。まあ、そーゆーこと。
…………先に言っとくけど、あの人の機嫌を損ねてははダメよ。機嫌をもし悪くしたら、その瞬間に人生終わりだと言ってもいいわ。
ちょっと怒ったあの人には、たとえあたしの魔力とガウリイの剣技、加えてアメリアの超合金の身体があっても足元にも及ばないから」
三人は口をぽかんと開けて、ショックから抜け出すのにはしばらく時間が必要だった。
「……そ、それは言いすぎなんじゃないのか!?
赤の竜神の騎士だからって、あんたの魔力とガウリイの剣技、それにアメリアの打たれ強さがあればいくらなんでも──」
「──かなわないわっ!」
ショックから抜け出して言ったゼルの言葉を、あたしは力いっぱい否定した。
みんなが黙ってしまった。あたしの瞳の奥に潜む圧倒的な恐怖を感じ取って。
「──ま。ここで三人を怖がらせたってしょーがないし。
それじゃー、あたしの郷里。ゼフィーリア王都ゼフィールシティへ向けてしゅっぱーつ!」
「おー……」
やる気のない声を出す三人。
「ほらっ、しゃんとして! すぐに出発よっ!」
あたしは久々の郷里へ向かって足取りも軽く出発したのであった。
……ゼロスはともかく、他の三人の足取りがなぜか重かったのは言うまでもない。
