新井みりんによる神坂一作品の個人ファンサイト。

赤眼

 夜だというのに、門番は快く城へ入れてくれた。……多少びくびくしていたのはなぜだろう。
 謁見の間には、やはり王女一人しか居なかった。この時間、王女が自室でもない謁見の間にいるはずがない──おそらく、彼女は待っていたのだ。
「──良く来たわね。さあ、行きましょうか」
「どこへ行くの? この水晶球は一体何なの?」
 だが無言で歩みを進めるアリス。
「──ここでは人が多すぎるわ。城を出ましょう」
 言って聞いたことのない呪文を唱える。オリジナルの呪文だろう。
 ぐらりっ
 大きく視界が揺らぐ。
 視界がはっきりとしたとき、そこは見覚えのある場所だった。
 いつか姉ちゃんに連れてこられた洞窟。よくわからない巨大な魔方陣が淡い光を放っている。
「ここは知って……いや、覚えているかしら?」
「……いいえ、はっきりとは…………でも、昔ここで何かされたことは覚えてる」
「そうね。ここはリナがまだ小さかった頃に、魔力を封じた場所だもの」
 ……なっ……!
「──魔力を封じた!?」
「わたしの正体は知ってるわね? リナ」
 あたしの言葉を無視して話を進めるアリス。
 ──あたしは前に一度だけ、姉ちゃんとアリスが二人だけで話をしているのを盗み聞きしたことがある。
 その時、姉ちゃんはアリスをこう呼んでいた──ラグラディア、と。
「ええ。…………千年前、降魔戦争によって滅びた水竜王……」
「その言い方は正しくないわ。正しくは、水竜王の知識。
 ──あなた達が異界黙次録と呼ぶものとほぼ同一の存在よ」
 …………! 異界黙次録!!
「では、あなたの正体はルナから聞いているの?」
 …………あたしの……正体……? ……まさか!
「……そう。赤眼の魔王、シャブラニグドゥよ」
 ──やはり──!
 あたしは唇を噛んだ。

 自分の頭が混乱しているのかすっきりしているのかすらわからない。
 ……ただ、自分が言われたことははっきりわかった。
「──あなたが生まれてしばらくして、あなたに魔王が封印されていると知ったルナはわたしに相談してきた。
 そしてルナとわたし二人の力を合わせてあなたの魔力を押さえ込もうとした──でもそれは無理だった。だから、魔力を“押さえ込む”のではなく、“中和”したのよ」
 …………中和?
「リナの身体のなかに赤眼の魔王とは対極の力──ルナの、赤の竜神の力を持たせたのよ。これは賭けでもあった、あなたの身体が拒絶反応を起こす可能性もないわけでもなかったから……でも、それしか方法は残されていなかったの」
 喉がひりつくほどに渇いていた。
 ──あたしは、姉ちゃんに勝ちたくて魔道士協会に入った。そして魔術を学ぶにつれ、あたしは天才的な才能を発揮した。──特に、黒魔術で。
 その黒魔術の力の源は──人間の負の感情。それを統べるのは、この世界の魔王シャブラニグドゥ。
 つまりあたしのそれは才能ではなく、必然だったのだろう。
 魔王の──自分自身の力を使っていたのだから。
「──そして結果的に魔力を封じることに成功したわ。
 それでも、あなた自身が強くならなければ魔王に精神も身体も乗っ取られてしまう。だからルナは、あなたを強くしようと訓練をした」
 あたしは姉ちゃんにいろいろ無茶をさせられた。十才になる頃には盗賊いぢめを始めていた。
 そして十五才になった次の日、世界を見てこい。と旅に出させられた。

「でも、あなたに分けたルナの力は──あなたが金色の魔王の術を使ったことで弱まっていた。魔王の力も同様に。
 そしてあなたが、レゾ=シャブラニグドゥを滅ぼしたことで大変なことが起こった──
 レゾ=シャブラニグドゥを滅ぼしたのが、普通の人間だったなら──その力は北の魔王に転生するはずだった。
 でも、そうはならなかった。それで怪しんだのが、冥王フィブリゾ。フィブリゾは魔王を滅ぼした人間──リナに魔王が封印されていることを突き止め、ちょっかいをかけてきた。
 そしてリナが金色の魔王の力を使えることを知り、その力で世界を滅ぼそうと企んだ。もしくは、リナが魔王としての力に目覚めれば、北の魔王と共に世界を滅ぼすことは十分可能だから」
 以前──黄金竜の長老に、こう言われた事がある『ひょっとしてお前が、かつて七つに分かたれた、赤眼の魔王シャブラニグドゥのひとつではないか』と。それは当たっていたのだ。
「──それでも冥王を退けた。そこまでは良かったの。
 そのしばらく後──ふたたびリナは魔王と対峙し、それを滅ぼした。これだけでも厄介なのに、魔王の欠片を直接身体の中に取り込んでしまった。
 ──そう、賢者の石──いや、魔血玉よ」
 まさかあれが魔王そのものだったなんて──!
 そこであたしは、ようやく口を開いた。
「──でもあれは!」
「そうね。あれは異世界の魔王でもあるわ。
 赤眼の魔王、闇を撒くもの、蒼穹の王、白霧。これらの力を手に入れたことによって、リナは金色の魔王に近い存在になってしまったの。闇の力、という意味では。
 そうなるとやはり多少リナに封印されている魔王に影響があるはず──それでふたたび中和封印を施すことにしたの」
「…………じゃあこれは──赤の竜神の力なの?」
 言ってあたしはアリスに渡していた水晶球を指差す。
「ええ。これをリナにってルナが──じゃあ、魔方陣の中心へ」
 言われるがままにあたしは魔方陣の中心へ移動する。
 ──そして、そこであたしの記憶は途切れる。

 ──なんだかよくわからないが、次に目を覚ましたらもうすでに朝で、家に帰るなり三人に小言を言われた。
 ……身体には何の変化も無い……正直、もうちょっとこう──いきなし成長したりとかを期待していたのだが、そうはならなかったようである。
「──何があったんだ?」
 一人庭のベンチに腰掛け、物思いにふけっていたあたしに声をかけたのは、ガウリイだった。
「……ん、ちょっと」
 こーゆーときだけこの男、ミョーにスルドい。
「…………お願いがあるの」
「……なんだ?」
「また魔族や、魔王と戦うことになったら──あたしを助けて欲しい」
「……いつも一緒に戦ってきただろ?」
 見るとガウリイは柔らかな笑顔でこちらを見ていた。
「……そうね。これからもよろしく頼むわよ──自称『保護者』さん」
 ──本当のことを言えなかった。
 もし本当のことを言って、ガウリイがあたしを避けるようになったら?
 そんなことを考えただけで胸のあたりが変にもやもやした。
 すると──ガウリイは複雑な表情をしていた。
「…………リナが……リナが殊勝なこと言ってる!」
 むかっ
「よく殊勝なんて言葉を知ってたわね」
「ああ。ノリで」
 すっぱあああん!
 なんとも景気の良い音がさわやかな朝のゼフィール・シティに響いた。
「──だからいつもどっから生えてくるんだよそのスリッパは!」
「それは知っちゃいけない知られちゃいけない乙女の秘密ってやつよ」
「……どこの誰がおと──」
 ──どごおおおん!
 爆音が、響いた。
「──おいっ! 腹いせに攻撃呪文をそのへんに撒き散らすのはよせっ!」
「あほかいっ! あたしじゃないわ。──誰かが街のどこかで爆炎系の呪文を使ったのよ」
 おかしい。こんなことは今まで無かったはずだ。
 街中で呪文を炸裂させるなんて──この街ではあたし以外にはいないはずである。
 ……間違いなく、何かが起こっている。
「──ガウリイっ! 行くわよっ!」

 ──爆音のしたほうから、もうもうと煙がのぼる。
「……あっちは……!」
 この街で一番大きな広場があるほうだ。この時間帯なら、老若男女問わずたくさんの人がいるだろう。
 装備をすべて外していたあたしは玄関に適当に立てかけてあった魔法剣を乱暴に引っつかむと、急いで駆け出した。
「──おいリナ!」
 斬妖剣こそ腰につけていたが胸甲冑をつけていないガウリイも、そのまま追いかけてきた。
「慌てすぎだ! 装備が何にもないぞ!!」
「……根性さえあればなんとかなるっ!」
 弱気なことを言うガウリイにあたしは言い返した。
 広場には、やはりたくさんのひとが居た。
 広場の中心部を遠巻きにし、なんやかんやと騒いでいる。
「──何があったの!?」
 あたしは適当な通行人その一に尋ねた。
「……あ……あのへんなやつが……」
 ぞばっ!
 通行人その一は意味不明なことをつぶやくと、紅い槍に身体を貫かれ、倒れた。
「──なっ!?」
 通行人その一を貫いたそれは、槍などではなかった。
 身体中がトゲだらけの魔族の──右腕。
「……りな・いんば・す」
 トゲ魔族がそうつぶやくと、一瞬めまいに襲われた。
 めまいが止んだ時、周りにいたたくさんの通行人は消えていた。
 ──魔族の結界!──
 そして、たくさんの通行人の代わりに四匹の魔族がいた。
「──人型が二匹、か」
 魔族の中で、人間そっくりに化けるものたちがいる。そいつらは間違いなく高位魔族だ、といってもいいだろう。
 ゼロスもそのクチである。
 ──あたしの後ろではガウリイが──居ない!?
 マヅヒ。これは本格的にマヅヒ。
「……おやおや。魔族ともあろうかたが……そこまでしてリナさんに復讐がしたいんですかねぇ」
 言って広場の反対側から笑顔で現れたのは──ゼロス。
 ……その隣には、太陽のような金髪が美しい女性。

 その女性を見るなり、蜘蛛の子を散らすように逃げる魔族──だが。
 ばしゅっ
 蒸発するように……魔族たちは滅びた。
 彼女がこちらに目を向けた──それだけで。
 かくいうあたしも、凍りついたように動けずにいた。
 ……なんというプレッシャー……!
 これだけ距離を置いているというのに、刺すようなプレッシャーがあたしを襲っている。
「……ふむ」
 女性は勝手に納得したようにうなずくと、指をぱちん、と鳴らした。
 すると──
 どよどよどよ
「……リナっ!?」
 魔族の結界を解いた──?
 人が邪魔ではあるが、なんとか広場の向こうを見ると、あの女性はもう居なかった。
「……誰を探してらっしゃるんですか?」
「──どおぅわっ!」
 あたしたちの後ろににこにこ笑顔でたたずんでいたのは、ゼロスだった。
「あんたと一緒に居たの、何?」
 ──誰、ではない。だが、聞くまでもなく、予想はついている。
「予想してらっしゃる通りの方です」
 ……やっぱし……
 がちゃり
「──あ」
 ガウリイが間の抜けた声をあげる。
 その視線の先には──鎧を着込んだお役人。
「──うっ」
 あたしの前にはさきほど魔族のギセイになった通行人その一。
 他の人たちはビミョーに遠巻きにしてこちらを見ている。

「じゃっ僕はこれでっ」
 身勝手なセリフを吐くと姿を消すゼロス。
「──逃げるなー!」
 叫んでも聞こえてはいないだろう。
 そしてあたしとガウリイは、てきとーな聴取をうけたあとすぐに開放された。
 おそらく、アリスが手をまわしたのだろう。

 あたしとガウリイが家に帰ると、ゼルとアメリアが夕食を食べていた。
「──遅かったな」
 リアランサーおすすめの出前ステーキセットを順調に口に運びながらゼルが言った。
「……まぁね」
 なにごともなかったように言うあたし。
 ……さて……
「あたし、ちょっと散歩してくるから」
「こんな時間から?」
 ジト目でこちらを見ながらアメリア。
「ま、いいじゃないの」

 薄い雲の向こうから、細い月が夜の闇をほのかに照らす。
 ゼフィーリアの夜は冷える。あたしはマントを羽織り、今日事件のあった広場へと向かっていた。
 さすがに広場に人は居ない。どこかで犬が鳴いている。
 ──だが、広場に“人ではないもの”ならいた。
「おや。夜にお散歩ですか?」
 ──既視感。
「馬鹿なこと言わないで」
「我が王、ゼラス=メタリオム様のこと──ですか?」

「ええ」
「──それなら、本人に直接聞いたほうが早いですよ」
 ゼロスがあたしから視線をはずすと同時に、自分の後ろに気配を感じた。
 ……っ!
 二人に気を配れるような体制をとると、月の光を照り返す金髪の女性は言った。
「──で? 聞きたいこととは」
 魔族の結界の中にいた時ほどプレッシャーは感じないが、威圧感のある女性だった。
 サイラーグで会ったときと同じ太陽のような金髪。違うのは、服が旅人ふうではなく、なにかの儀式で着るようなゆったりとした服を着ていること。
「……あんたが、獣王ゼラス=メタリオム」
「如何にも」
 言って、どこからともなく煙管を取り出す。
「──少なくとも今、あんたたちはあたしを守ってくれる。
 だったらこの街の人間に被害を出さないようにする方法は無い?
」 「──無関係な人間達に被害を出したくなければ、この街を出ることだ。
 覇王がいつ襲ってくるかなど、我にはわからぬ故」
 …………はあ。
「──わかったわ。
 どうせ、街を出たらあんたたちの罠があるような気がするけどね」
「この街に留まっても、罠はある。同じことだ」
 ミもフタもないことを言う。

 あたしがミョーに疲れた気分で家に帰ると、三人が待っていた。
「……明日、ここを出ましょう」
「そんないきなりっ!?」
 あたしに返事を返したのはアメリアだった。
「──これ以上、街の人に被害を出したくないの」
「……おとりになって、覇王の軍勢を一気に叩くつもりか」
「それもある。……もう、いいでしょう……? おやすみ」
 ゼルは不満そうに鼻を鳴らした。
「──ちょっと待て」
「何よ、ガウリイ」
「……あまり一人で背負い込もうとするな」
 だが、あたしの返事は無かった。

 朝になって、旅仕度を整える。
 なんだか久々にショルダーガードをつけた気がした。気分が少し引き締まる。
「──とは言ったものの……これからどこへ行こう……」
 まだ行ったことの無いエルメキア帝国あたりもいいかもしれない。あの国のさらに向こうにある、通称『滅びの砂漠』なら魔族とドンパチをやったところでどうということは無いだろう。
 ……そういえば、あの地で神封じの結界を張っていた魔王の腹心、冥王が滅びた今、結界はどうなってるんだろうか……? 気が向いたら調べてみることにしよう。
 あたしが仕度を終えた頃には、全員の仕度がすでに終わっていた。
「──じゃあ、行きましょうか。姉ちゃんたちが帰ってくるまで、しっかり店番頼んだわよ。スポット」
「だからスポットって呼ぶなっ!」
 そして、あたしたちはゼフィール・シティを後にした──


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いつかはやってみたい企画

仲良しメンバーで集まって、スレイヤーズカラオケやってみたい。
でもスレイヤーズ以外も歌いたいから結局アニソンカラオケ。