古い宿
ぽっぽつっ ざざざぁ……
「──うああっ降ってきた!」
「リナ! 少し向こうに宿が見えるぞ」
「本当っ!? ……翔封界っ!」
いきなり天気が悪化し、山を歩いていたあたしたちはちょうど目に入った宿に向かった。
「…………うわ」
あたしは宿に入る前に思わず立ち止まってしまった。
「ちょっと……ボロいなぁ……」
「ちょっとどころじゃないわよ!」
そう、その宿はそのへんの山小屋なんかよりもボロく、廃墟のようだった。
ピカッ ゴロゴロゴロ……
「……しょうがないじゃないか、入ろう」
ぐぎしぃ
どのくらい放置したらこうなってしまうのか、触っただけで壊れそうな音を立てるドアを開け中に入ると、明かりもなく、真っ暗な闇が続いていた。
「……明かり!」
ぽうっと闇を照らす明かりを頼りに中へと進むと、人のいないカウンターの上に宿帳が広げられていた。
ごそごそ
「──ッ!」
いきなりカウンターの下からした物音にあたしが思わず飛びのくと、カウンターの下から黒髪をおさげにした女性が現れた。
「あ……いらっしゃいませぇ」
大きすぎるメガネをずり上げつつ、女性は気の抜けたあいさつをする。
「すいませんねぇ、今明かり見つけましたからぁ、すぐに明るくなりますよぉ?」
彼女が誇らしげにランプを見せる。
「あの……部屋借りたいんだけど」
「ああっ! すいません! えっとぉ……いくつ部屋をご用意しましょうかぁ?」
「……二部屋お願い」
あたしが妙に疲れているのを見ると、彼女は急いであたしたちを部屋へと通してくれた。
彼女が明かりを点けおわり、宿が明るくなると中は外から見た状態ほど古くはない……というかとても綺麗にされていた。
「……あなたがたがぁ、この宿を始めてから最初のお客さんですぅ」
夕食を運んできたとき、女性はそう言った。
「リナさんにぃ、ガウリイさんですよねぇ。ゆっくり休んで行ってくださいねぇ?」
「……なんか不思議なひとだな」
夕食を済ませ、あたしの部屋で次はどこへ行くかを相談していたガウリイが、突然そんなことをつぶやいた。
「──まぁね」
夜中にはぴたりと雨も止み、明日には出られるだろうと彼女が教えてくれた。
「ありがとうございましたぁ! ぜひまた来て下さいねぇ!」
やはりどこか気の抜けたあいさつをする彼女。
「ええ──また来るわ」
「行くかぁ?」
「うん……あっ、あんた名前は?」
名前を聞いていなかったのを思い出し、あたしは振り返った。
天気が良いせいか、微笑んでいる彼女が眩しく見える。
「私はぁ……ユリアですぅ!」
行って大きく手を振るユリア。
「そう、ユリアまたね!」
そしてあたしたちは古い宿を旅立ち、夕方には次の町ヘと着いていた。
適当に見繕った宿へチェックインを済ませ、あたしたちは宿の食堂で宿の主人と他愛のない雑談をしていた。
「──そうだ、あんたたち山の方から来たんだよな?」
元船乗りだという主人はにっと笑いながら言った。
「うん……そうだけど、それがどうかした?」
「途中に古い宿があっただろう、あそこは──」
「オレたち、昨日はあそこに泊まったんだ。なあ?」
「そうそう! あそこがとっても良い宿で──」
珍しくガウリイが覚えていたことを話すと、主人はおもいっきり眉をひそめた。
「……夢でも見たんじゃねぇか? あそこは宿屋だったが、今は泊まれる状態じゃねぇぞ」
「おっちゃん、冗談言わないでよ。昨日あたしたちは本当にあそこに泊まったんだから」
あたしがけらけらと笑いながら言うと、主人は悲しげに首を振った。
「そんなわきゃあねぇ……アイツは……ユリアはもう十年も前、宿を開いた翌日野良デーモンに殺されたんだ……!」
「……うそ?」
あたしはぽつりと言った。
「嘘じゃねえ」
「うそでしょ?」
「嘘じゃねえ!」
「──うそよ! 絶対うそ!」
「……嘘じゃねえ! 嘘じゃ……ねぇんだ……」
主人はそのまま口を開くことはなく、あたしたちは部屋へと戻り、眠りについた。
「……おはよ」
「おはよう」
あたしが朝食堂へ行くと、ガウリイはすでに食事を済ませていた。
あたしはモーニングセット八人前をなんとかお腹におさめ、出発した。
……ユリアの宿へと。
宿は昨日見た通り、表から見たら廃墟そのものの外観をしていた。
ぐぎきぃ
おとといと似たような音を立てて開いたドアの向こうは──表から想像したとおりの──ボロい宿、いや、ただの廃墟だった。
「──ユリア?」
「ユリアさんは……十年前、宿を開いた翌日にレッサー・デーモンに襲われて亡くなっていたそうだ」
ガウリイの言葉があたしを斬りつける。
あたしはその場にへたり込んでしまった。
そしてガウリイは自分が聞いた全てを話してくれた。
ユリアが宿の主人の恋人だったこと。ユリアが襲われた日、昨日のような大雨だったこと。宿の主人が……プロポーズをするために海からあがり、宿へ向かったらユリアはもうこの世にいなかったこと。
すべてを聞き終えたあたしは宿の周りからきれいな花を摘み取って宿のカウンターに置いた。
『明かり』の魔法をかけられ、ぼんやりと宿を照らす花束を。
